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第6話『感情を捨てる手術について』

「恋愛感情の削除、希望ですか?」


「……はい」


「かしこまりました! それでは、特定対象の氏名と、関係性をお願いします!」


 勢いの良すぎる受付嬢に思わずたじろぐ。

 けど、俺の後ろにはもう3人くらい並んでた。全員、同じ目的らしい。



 今どき、失恋を引きずる方がダサいのかもしれない。

 SNSじゃ「#感情ロンダリング」「#共感より除去」がトレンド入り。

 “忘れる努力”じゃなく、“削除の選択”が当たり前になりつつある。


 俺は完全に、その流れに乗っただけだ。



 診察室もまた、異様にポップだった。

 明るい白、観葉植物(多分フェイク)、BGMはボサノバ。


 医師らしき人が出してきたのは、タブレット。

 そこに表示されたのは、見慣れた“感情選択画面”。


【怒り】【後悔】【恋愛感情】【喪失感】……と、ずらり並んでいた。


 俺は、【恋愛感情】をタップする。



「削除対象:特定対象……〇〇さん、で間違いありませんか?」


「はい」


「それでは、恋愛感情に紐づく記憶を解析して、不要な感情だけ除去していきます」


「お願いします」



 施術中、天井を見ながら思った。

 ほんとに、こんなことで楽になれるんだろうかって。


 タブレットに表示されるログは淡々としていた。


 初回デートの記憶:処理済

 手をつないだ記録:処理済

 雨の日の別れ際:エラー。処理不能

 感情フラグ“未練”:一部残留


「……ん?」


 思わず口に出しかけたが、眠気が勝った。



 気づけば、終わっていた。



 帰り道、少しスッキリした気がした。

 写真を見ても、彼女の声を思い出しても、心は波ひとつ立たない。


「あー……たしかに消えたかもな」


 何の感情も湧いてこない。

 まるで、他人の恋愛を回想してるみたいだった。


 でも、駅前のカフェの前を通ったとき、なぜか立ち止まった。

 香りも、看板も、メニューも見慣れてるのに――何も思い出せない。


 だけど、ほんの一瞬だけ、胸がちくりと痛んだ。



 みんな、笑いながら“捨てた”って言ってるけどさ。

 本当に捨てきれたやつなんて、

 きっと誰一人いないんじゃないかな。




 場面は、診察室へと変わる。

 施術ログが光るディスプレイの前、看護師がぽつりとつぶやいた。


「……先生って、手術受けないんですよね?」


「うん。私はやらないよ」


「どうしてですか? 先生みたいな人が感情残してたら、逆につらくないですか?」


 医者は少し黙って、それから静かに答えた。


「……感情ってのは、ただの反応じゃない。

 人が人であるって証拠なんだよ」


「……証拠、ですか」


「憎しみも後悔も、全部ひっくるめて“生きてる”ってことだろ?

 だから私は、痛みを削除するより、抱えたまま進む方を選びたい」


 少し照れくさそうに、眼鏡のフチを指で押し上げる。


「……まあ、古い人間だよ、私は」


 看護師はそれを聞いて、ふっと笑った。


「なるほど。

 感情除去を勧めながら、自分は感情バリバリに残してるって……」


「……うん?」


「レーシック手術担当してるのに、ずっと眼鏡かけてる医者みたいですね」


 医者はきょとんとしたあと、苦笑した。


「それは……だいぶ、説得力ないな」

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