29「アングレットの策士たち」
最初の目的地に着きました。お父様の盟友でもある伯爵家です。護衛騎士は控え室で待たされ、私だけが応接の間に通されました。
「ジェルマンのヤツは元気だ心配するなと手紙に書いてよこすが、そうでもないだろう。実際どうなのですか?」
二人は大学院も騎士修練も共にした仲間でもあります。
「バシュラール家の立場はかなり悪いですわ。政務も経済も――。わたくしの不徳の致すところです」
「とんでもない! 悪いのは相手方です。だいたい、そのような無体を許せば王政が揺らぎますよ」
「そこまで……」
「次期王妃選びでもあるのです」
それはそのとおりなのです。次期国王が即位前から勝手気ままに振舞っていると、王国の重鎮たちは思っているのでしょう。
「こんな時ぐらい仲間を頼れと、あいつに伝えて下さい」
「ありがとうございます」
そう言って送り出してくれました。ありがたい話です。
続いて訪れた子爵家では、意外な話が始まりました。
「転領ですか?」
「さよう。ブルクハウセン帝国との和解で、東の膨大な緩衝地帯が空きます。そこの開拓は帝国との合意でもあります」
「どうでしょうか……」
父はこの地の出身ですが、私の生まれ故郷はアジャクシオなのです。
「実際そのようなことが可能なのですか?」
「西方の貴族たちに開発を打診したのですが、金は出すが西の領地を出せとの返答が帰ってきたとか」
「そんな……」
それでは話になりません。東方開拓案件で西の領地を差し出せとは。
「噂ですがね。私のような者の耳にはいるくらいですから、たぶんそうなのでしょう」
「つまり、その話に乗って東方に転領する西の貴族たちが現われるということですか?」
「実質領地が加増になるとの試算もあるようです」
そうなれば、そうする東側出身の貴族も現われるでしょう。空いた土地は西の貴族たちに併合されます。
「バシュラール卿にお立ち頂ければ、我らも心強い」
「そう父に伝えますわ」
「お願いいたします」
次の家でも同じような話題が続きました。ただその男爵様は、シルヴについて触れます。
「リヴィエール侯爵家のご子息を護衛に使うとは豪気ですなあ。もうそこまで話が進んでおられるのですか? いや、これは失礼いたしました」
解釈に悩む問いかけではあります。今回の一件での、共闘などについてでしょうか? 正直に話したほうがよさそうです。
「実は……」
私はシルヴとの関係について、旅の偶然であると説明いたしました。
「なるほど。しかしリヴィエール家はなかなかの策士ですよ。予定された筋書きかもしれませんぞ」
「まさか……」
つまり、全て仕組まれていた旅? どうでしょうか? 温泉郷での出会いは確かにそうでしょう。シルヴは家に指示されて、今も私の護衛を買って出ていると?
「相手はこちらに好意的です。これは心強い話ですな」
「はい」
「それからこれは噂程度の話なのですが、帝国は食料貿易を欲しているようです」
「そのような話は今まで聞きませんでしたが……」
ブルクハウセンとの貿易は細々と続いておりますが、食料取引が活発だとの事実はないはずです。
「貿易相手は西ハウセンにかぎられていましたからなあ。東ハウセンでは不足しているらしいです。東のアテマ王国も輸出しておりますが、足りないのでしょう」
帝国にも西と東の対立があると聞いたことがあります。我が家の農産品を売り込めるなら、正直助かります。
「目端の利く商人たちが動いています。王政も乗り気らしいですね。ぜひ私どもにバシュラール家の物資を扱わせていただきたい」
「ぜっ、ぜひ!」
我が家の苦境を知っての申し出です。ありがたい話です。
「そうなれば、我々が売って売って売りまくりますよ。ジェルマンの兄貴に借りばかりある奴らが大勢いますから」
当主夫妻に見送られ、私たちは屋敷を辞退いたしました。シルヴが扉を開け、手を差し出しました。私はそこに手を置かせて頂きます。
「ごきげんだね」
「いやだ。顔にでてるかな?」
その手に少し力を入れて馬車に乗り込みます。
「さて。今日の予定はもう終り?」
「はい。待たせてばかりで、申し訳ありませんでしたね」
「いや。夕食はどうするの?」
「ジラルデ家でご用意頂いております」
そしてシルヴも乗り込みました。
「そうか、残念。お誘いしたかったんだけどなあ」
「なら、明日からお願いできますか? ちょっとは遠慮したほうが良いかもしれませんし……」
「任せてくれ」
「はい」
私は屈託のない策士の顔を見ました。こちらの真意もある程度は計らねばなりません。途中の温泉郷まで当主と夫人がやって来るぐらいには、私に興味があるのでしょう。
それに目的とはいえ、毎日政争の話ばかりでは息がつまります。
バシュラール家のため、私のためを思っての助言であっても、それが正しいどうかは別の問題です。しかし動かなければ、何も変わらないのもまた事実です。




