30階――決意を胸に、最後の階層へ
30階へ続く階段を前に、三人は足を止めた。
ここまで来るまでに、いくつもの戦いを越えてきた。
傷つき、迷い、それでも互いに支え合いながら、一歩ずつ進んできた。
そして、いよいよ30階。
このダンジョンにおける最後の階層だった。
マキは三人を見渡す。
「みんな、準備はいい?」
いつもの穏やかな表情とは違い、真剣な顔だった。
「どんな強い魔物が出てくるか分からない。30階は最終階層だよ。何が起きてもおかしくない。だから、気を引き締めていこう」
マキは二人に注意を促すように、そして自分自身にも言い聞かせるように言った。
「ここまで来たからには、やるしかないよ」
ユキも杖を握り直す。
「マキちゃん、やるよ」
いつもの少しお嬢様らしい余裕のある表情ではなく、そこには少しだけ気合いが入っていた。
「ここまで来たんだもの。今さら引き返すなんてできない」
「そうだね」
「クウィ~」
マキは頷く。
すると、エメダが勢いよくうなずいた。
「はい! マキちゃん、頑張ります!」
元気よく返事をしたエメダは、そのまま胸を張る。
「これまで頑張ってこれたのも、マキちゃんとユキちゃんのおかげです。どんなに強い魔物が来ても、私が引き付けます!」
そして、自分の腕をぽんぽんと叩く。
「大丈夫です! 竜人族の鱗は固いんですからね。レベルも上がったし、前よりもっと硬くなりました!」
少し興奮気味ではあるものの、やる気は十分だった。
「任せてください!」
「頼りにしてるよ、エメダちゃん」
マキがそう言うと、エメダは嬉しそうに笑う。
しかし、少しすると、エメダの表情が曇った。
「あの……マキちゃん」
「ん?」
「さっき、杖は折れてしまっていますけど……本当に大丈夫なんですか?」
エメダは心配そうに、マキの持っている折れた杖を見る。
「魔導士の要は、魔法の威力を増幅する杖のはずです」
「……」
「剣士だって、剣が折れてしまったら戦えません。それなのに、魔導士が杖なしで大丈夫なんですか?」
さらに心配そうに続ける。
「本当に、本当に大丈夫なんですか? 一度町まで戻って、新しい杖を買ったほうがいいんじゃないですか?」
「エメダ……」
マキは、心配してくれていることが分かり、少し困ったように笑った。
「大丈夫よ。それに私は、魔……」
言いかけて、マキは口を止める。
そして、少しだけ誤魔化すように続けた。
「町に戻って、お兄ちゃんにも心配をかけたくないし。こんなところで戻ったなんて知られたら、ダンジョンに行くの禁止されちゃうかもしれないでしょ?」
「それは……確かに……」
エメダは少し納得したような、納得していないような顔をする。
「それに、ユキちゃんも言っていたでしょ。杖なんて飾りみたいなものだから」
「えっ!? 私、そこまで言ってないよ!?」
ユキが驚いた顔をする。
「言ったじゃない」
「言ってないって!」
「似たようなことは言ったわよね?」
「似てるだけ!」
二人のやり取りを見て、エメダは少しだけ安心したように笑った。
「……でも、本当に無理はしないでくださいね」
「分かってるわ」
マキがうなずく。
すると、ユキが横から口を挟んだ。
「大丈夫って言ってるじゃん。多分、杖なしでも私より強いよ」
「え?」
エメダが目を丸くする。
ユキは、少しだけ意地悪そうに笑った。
「魔法まで私より強いとか……憎たらしいんだから」
「もう、ユキちゃんたら」
マキは困ったような顔をする。
「もう少し心配してよね」
「心配してるよ。だからこそ、危なくなったら逃げるんだよ」
ユキの声が少しだけ真剣になる。
マキも、その言葉にうなずいた。
「そうね。危なくなったら撤退しましょう」
そして、30階へ続く階段の先を見る。
「ありったけの魔法をぶつければ、壁ぐらい壊せるわ」
「……壁を壊して逃げる気?」
「そうよ」
「……豪快だね、マキちゃん」
エメダが苦笑する。
だが、冗談だけではなかった。
ここまで来たからこそ、無理をして命を落とすつもりはない。
マキは一度、深く息を吸った。
「最終目標ではないけど……」
そして、二人を見る。
「ここまで来られて、私たちも少しは強くなったんだって思いたい」
15歳になったばかりの頃には、想像もしていなかった場所だった。
最弱と思われていた魔石師。
初めは何も分からなかった。
それでも、戦い、失敗し、助けられ、少しずつ前へ進んできた。
30階。
そこまで来られたこと自体が、自分たちが進んできた証だった。
「そうだね、マキちゃん」
ユキも、今度はふざけることなく答える。
「この調子で……町も取り返そう」
その言葉に、マキは静かにうなずいた。
「うん」
エメダも二人の隣に並ぶ。
「私も、頑張ります」
三人は、それぞれの思いを胸に抱えた。
希望もある。
不安もある。
それでも――ここまで来た。
ならば、今は前へ進むしかない。
三人は、30階へ続く長い階段を下りていく。
やがて、その先に巨大な石造りの扉が見えてきた。
扉の向こうに何が待っているのかは、まだ分からない。
ただ一つだけ分かっている。
その先に、このダンジョン最後の階層ボスがいる。
三人は互いに顔を見合わせる。
そして――30階のボスの部屋へ向かって、静かに歩き出した。




