30階――謎の声
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
ボス部屋に入った、その瞬間だった。
「パーンッ!」
乾いた爆発音が、広い空間全体に響き渡る。
「っ!」
三人は、ほぼ同時に身構えた。
敵の奇襲か。
それとも、罠が発動したのか。
マキは即座に周囲を見回し、ユキは杖を構え、エメダは槍を握りしめる。
だが――。
いつものような、巨大なボス部屋の入り口はなかった。
三人が立っていたのは、まるで一枚岩をそのまま削り出したような、広大な石床の上だった。
どうやら、30階層の中心と思われる場所へ、直接降り立ったらしい。
足場はしっかりしている。
しかし、視界の大半は濃密な闇に包まれていた。
壁も見えない。
天井も分からない。
どこまで続いているのかさえ、判断できない。
「……妙ね。通路がない」
マキが小さく呟く。
ユキとエメダも、警戒を解かないままマキの近くへ寄った。
静かだった。
あまりにも静かだった。
そのとき――。
「おめでとうございます」
突然、声が響いた。
どこから聞こえてきたのか分からない。
右からでもない。
左からでもない。
前からでも、後ろからでもない。
まるで、空間そのものが喋っているような、不思議な響きだった。
三人は一斉に戦闘態勢へ入る。
「誰!?」
ユキが声を上げる。
しかし、返事はない。
マキはすぐに二人の様子を確認した。
「みんな、大丈夫?」
「うん……」
「はい……」
「攻撃されたりしてない? ケガがあるなら隠さず言って」
「大丈夫」
ユキとエメダは顔を見合わせる。
驚き。
戸惑い。
そして、緊張。
いくつもの感情が入り混じっていた。
「今の声……マキちゃんじゃないし、エメダちゃんでもないよね?」
「はい。私じゃありません」
「“おめでとう”って……何が?」
エメダの声も少し震えている。
マキは眉をひそめた。
状況がまるで理解できない。
「分からないけど、油断は禁物。準備して」
マキは周囲を警戒しながら続ける。
「何か来るかもしれない」
「クウィ~」
クウィもマキたちのそばで声を上げた。
どうやらクウィも、この状況を警戒しているらしい。
すると――。
先ほどの声が、再び響いた。
今度は少し親しげだった。
それでいて、妙に軽やかだった。
「ははっ。いいね、その反応」
闇の向こうから声だけが届く。
「警戒するのは正しいよ。実に“冒険者”らしい。気に入った」
姿は見えない。
声の主がどこにいるのかも分からない。
それなのに、その声だけは妙にはっきりと聞こえる。
「僕? 僕は……そうだね」
少し考えるような間があった。
「“ギルドの者”ってことでいいよ」
「ギルド……?」
ユキが眉をひそめる。
「正式な立場のある者さ。だから、安心して」
「……」
三人は黙った。
安心できるはずがない。
こんな何もない場所で、突然声だけが聞こえてきたのだ。
しかも、30階のボス部屋。
どう考えても普通ではない。
ユキが怪訝そうに口を開く。
「ギルドの人が、こんな演出する?」
「……」
「なんか……胡散臭いよね」
「うん」
マキも小さくうなずいた。
「これは、普通のボス部屋じゃないわ」
「だよね」
すると、闇の奥からくすくすと笑う声が聞こえてきた。
「だって君たち、30階層まで来たんだよ?」
声の主は、まるで友人に話しかけるような気軽さで続ける。
「それって、ちょっとした“特別”でしょ?」
「だから僕も、ちょっと特別にしてみたのさ」
「ね?」
楽しそうな声だった。
「悪くない演出だと思わない?」
「思わない」
ユキが即答した。
「……え?」
声の主が、初めて少し戸惑った。
「そこは普通、“すごい演出ですね”とか言うところじゃない?」
「知らないよ」
ユキは警戒を解かない。
「こっちはいきなり爆発音を聞かされて、知らない人に“おめでとうございます”って言われてるんだから」
「それは……確かに」
声の主が妙に素直に納得する。
マキはそのやり取りを聞きながらも、周囲への警戒を続けていた。
敵意は感じない。
けれど、味方だとも思えない。
何より――。
この場所そのものが、おかしい。
普通なら、30階には強大な魔物が待ち構えているはずだった。
それなのに、現れたのは魔物ではなく、正体不明の声。
「……あなた、本当にギルドの人なの?」
マキが尋ねる。
「もちろん」
返事は即答だった。
「……証明できる?」
「それは――」
少し間が空く。
「あとでね」
「怪しい」
ユキがぼそっと呟いた。
「だよね」
マキも同意する。
「おいおい、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
声の主は笑う。
「僕は君たちを歓迎しているんだから」
「歓迎……?」
エメダが小さく呟いた。
「そう」
声が楽しそうに響く。
「君たちは、このダンジョンの30階まで来た」
「だから――」
闇の奥で、何かが動いたような気配がした。
三人の視線が、一斉にそちらへ向く。
「ここからが、本当の話なんだよ」
そして、その声は楽しそうに笑った。
「さて――どこから話そうかな?」
三人は顔を見合わせた。
どうやら、この謎の“ギルドの者”は、まだまだ突拍子もない話を始めるつもりらしい。
30階のボス部屋。
そこに待っていたのは、予想していた強大な魔物ではなかった。
代わりに待っていたのは――。
姿の見えない、妙に馴れ馴れしい謎の人物だった。




