30階――最初の目標、その扉の前へ
長い階段を、三人はひたすら下っていた。
一段、また一段。
足音だけが、薄暗い階段の中に小さく響いている。
どれほどの時間を歩いただろうか。
やがて――最後の一段を下りきった。
その先に広がっていたのは、広く、静かな石造りのホールだった。
天井は高く、ところどころに設置された魔道具の明かりが、薄暗い空間をぼんやりと照らしている。
先ほどまで続いていた階段とは違い、そこには魔物の気配も、風の音もない。
ただ、静かだった。
あまりにも静かで。
三人は、自然と足を止めた。
マキが、ゆっくりと前を見る。
ユキも同じように辺りを見渡し、そして隣にいるマキへ視線を向けた。
エメダも二人の様子を見ながら、小さく息を吐く。
誰も口には出さなかった。
けれど、三人とも同じことを考えていた。
――30階。
ここまで来たのだ。
すると、不思議なことに。
これまでの出来事が、まるで走馬灯のように頭の中へ浮かんできた。
――初めて踏み入れた一階層。
ひやりとした空気に包まれ、これから何が起こるのか分からず、期待と不安を抱えて歩いた。
強敵と戦った夜。
これまでの日々を思い出す。
次の日には、また立ち上がった。
少しずつ。本当に少しずつだった。
戦い方を覚え、強くなり仲間との連携を覚えて。
失敗を重ね。
互いの足りないところを補い。
そして――ここまで来た。
マキは、静かに前方を見る。
この先には、きっといる。
10階にもいた。
20階にもいた。
ならば――30階にも。
このダンジョンの節目となる場所には、必ず階層ボスがいる。
三人とも、それを理解していた。
覚悟は、とっくにできている。
怖くないわけではない。
むしろ、これまでよりも強い魔物が待っている可能性は高い。
それでも。
ここまで来た以上、逃げるつもりはなかった。
このダンジョンを踏破する。
それが、私たちの最初の目標だった。
けれど――。
それだけで終わるつもりもなかった。
マキたちが本当に求めているものは、このダンジョンの踏破ではない。
もっと強くなること。
その先にいる敵と戦える力を身につけること。
そして――。
自分たちの故郷を滅ぼし、両親の命を奪った存在。
いつか、その仇と向き合うこと。
その存在を超えるために、このダンジョンは踏み台でしかない。
ここは、きっと通過点なのだ。
初心者向けとされている、このダンジョン。
そのダンジョンを踏破しただけで、本当に仇を討てるのなら。
もっと強い冒険者たちが、とっくに成し遂げているはずだ。
世の中は、そんなに甘くない。
そんなに都合よく、答えが用意されているわけでもない。
だからこそ。
三人は、思い上がらない。
ここまで来られたことを、自分たちの実力だけだと思わない。
仲間がいた。
助けてくれた人たちがいた。
失敗して、そのたびに学んできた。
だから――ここまで来られた。
不安はある。
疑念もある。
この先に何が待っているのか、それは誰にも分からない。
それでも。
30階まで来た。
その事実だけは、確かなものだった。
ひとつの山を越え、仲間との協力で強くなった。
マキは、振り返る。
その手には、これまで積み重ねてきたものが詰まっているような気がした。
ユキは、そんなマキの肩をそっと叩いた。
「……行こうよ」
短い言葉だった。
マキは振り返り、ユキを見る。
そして、少しだけ笑った。
「うん」
エメダも小さくうなずく。
「はい。行きましょう」
三人は、再び歩き始めた。
ホールの奥。
そこには――大きな扉があった。
これまでの階層とは明らかに違う。
重厚な石の扉。
その向こうに、何がいるのかは分からない。
けれど。
ここまで来た三人にとって、その扉は恐怖だけを意味するものではなかった。
最初の目標。
その答えが、すぐ目の前にある。
一歩。
また一歩。
三人は、静かにその扉へ近づいていく。
そして――。
ついに、その扉の前へ立った。




