皇妃暗殺 6
それから数日、フィーアはやり切れない気持ちを抱えたまま、無為に日々を過ごしていた。
エルンストが屋敷に帰って来ないのが、救いだった。
そんなある日のこと、いつものようにゾフィーの元を訪れていた時、ゾフィーがお茶のお代りが欲しいと言うので炊事場にお湯を取りに行った。
見慣れない女官が、入口に背を向けて何か作業をしている。
「あなたは?」
声をかけると、その女官は驚いて振り返った。
「見慣れない顔ですね」
「そ、その私は今日から皇妃様のお世話を——」
目は宙をさまよい、声は震えている。
どうも怪しい。
それに、新しい女官が来るなどと、そんな話は聞いていない。
フィーアが女に注意深く近づくと、明らかに動揺している。さらに距離を詰めると、不用意に動いた女の手が台に乗っていたガラス瓶を倒した。
ガッシャ―ン。
派手な音とともに、ガラスが飛び散り、床には灰色の液体が広がる。
「水銀?」
一度広がった液体は徐々に丸みを帯び、やがて綺麗な円形に形を変えた。
まさか、グレーテから送り込まれた!?
逃げようとする女の腕をフィーアはとっさに掴む。
その手を振り払おうと、女は激しく抵抗する。
二人はもつれながら食器棚や作業台にぶつかり、周囲に派手な音をまき散らした。
騒ぎを聞きつけた女官たちやゾフィーが駆けつける。
「シュバルツリーリエのエルンスト団長を!早くっ!」
「は、はいっ」
女官の一人が走って呼びに行く。
「フィーア、大丈夫?」
ゾフィーが心配そうに顔をのぞかせた。
「皇妃様!?いけませんっ、早くお部屋にお戻りください。水銀です。この気温では直ぐに気化してしまいます。吸い込まれたら中毒を起こします!」
顔色を変えた別の女官が慌ててゾフィーの腕を引く。
刺客として送り込まれた女は激しく抵抗していたが、フィーアともみ合っているうちに観念したのか、大人しくなった。
差し出された紐で女を縛り上げ、フィーアたちが広間に移動してすぐに、勢いよく広間の扉が開かれ、血相を変えたエルンストが飛び込んで来たのだった。
「皇妃様は別室に避難されております。ご無事です」
女官が告げるとエルンストは無言で頷き、同行していたファーレンハイトにゾフィーの様子を見て来るように指示した。
フィーアの姿を認めると、近寄ってくる。
「何があった」
乱れた髪を直しながら、フィーアは事態の顛末を説明する。
無言でエルンストは頷くと、憲法裁判所長官エグムントを呼ぶように部下に指示した。
そして、フィーアの肩に手を置くその表情には安堵が表れていた。
程なくしてエグムントが文官を伴って姿を現した。
鼻の下に髭を蓄え、チェーンのついた片眼鏡をかけている。
いかにも法の番人と言った風情だ。
「何事ですかな、エルンスト殿」
エルンストはエグムントに敬礼すると、
「皇妃暗殺未遂の容疑者を捕らえました」
そう言って、女をエグムントの前に差し出す。
「公平な立場から、長官には尋問の証人として立ち会っていただきたい」
側室グレーテの元恋人、ベッヘムを死なせてしまっている。今度はそうはいかない。エルンストの覚悟が見て取れるようだった。
「何とっ!?」
驚いたエグムントだったが、すぐに尋問の記録を取るよう、部下に命じた。




