ひと夜 1
翌日、エルンストはランドルフ・フォン・ベッヘムを執務室に呼び出していた。
程なくして衛兵に付き添われ姿を現したベッヘムに椅子を勧め、自身は壁に背を預け腕を組む。
机を挟んでベッヘムの正面に座ったのは、ファーレンハイトだ。
エルンストは尋問をファーレンハイトに任せることにしたのだった。
営倉で一晩を過ごしたベッヘムは不満を漏らしていたが、ファーレンハイトの説明を聞いてその口はすぐに静かになった。
「グレーテが僕を殺そうとしているんですか?」
明らかに表情が変わっていた。
自分が殺されそうだと聞かされたら、当然か。エルンストは思う。
「僕はグレーテの恋人でした。突然別れを告げられてどうしたのかと思っていたら、皇帝陛下の側室になっていました」
やはりな。エルンストは納得する。
「ベッヘムさん、付き合っていただけなのに、何故命が狙われるのでしょう。お心当たりは?」
ファーレンハイトは穏やかに問う。
「そんなこと、僕が聞きたいくらいですよっ!僕は何もしていないんだっ。遊ばれたのは僕のほうだっ。僕は被害者だっ」
黙って二人のやり取りを聞いていたエルンストだったが、ベッヘムは文官としは有能でも、人としての器は大したことはない。と感じていた。
何もしていないだと?
よくもぬけぬけとそんなことが言えたものだ。
「大変申し上げにくいのですが、グレーテ妃と関係をお持ちになりましたね」
ファーレンハイトの口調は穏やかだが、その眼光は相手の心を鋭くのぞき込むようだ。
「い、いいえ。そんな大それたことするわけない。だって相手は侯爵の娘ですよ。ぼ、僕は伯爵ですから」
その侯爵の娘に手を出したのだろうが。
会話を聞きながらエルンストはイラっとしたが、尋問はファーレンハイトに任せている。口出しは出来ない。
「いいですか、あなたは命を狙われているんですよ。皇帝陛下があなたをすぐに処断しなくても、ゲルフェルト侯爵の手の者に殺されてしまいます。上級貴族ならば、そのことをお忘れなく」
最後の言葉はファーレンハイトの嫌味だった。
爵位を持たない下級貴族ですら、そんなこと気づいている。とファーレンハイトは言いたげだ。
ベッヘムの額からは大量の汗が流れている。
「皇帝陛下は我々に、あなたを拘禁せよと仰った。それが幸いしたのです。拘禁と見せかけて我々はあなたを保護しているんですから。その程度のことが分からないあなたでもないでしょう」
それでもベッヘムは下を向いたまま、何も語ろうとしない。
ファーレンハイトはあきれ顔でため息をつく。
「分かりました。あなたがそのおつもりなら、陛下にグレーテ妃に対する不敬罪が立証されたとして、絞首刑を具申いたします」
「ま、待ってくれっ。それはあまりにも横暴ではないかっ」
黙って二人の会話を見守っていたエルンストがとうとう動いた。
「横暴?権謀術数渦巻く宮廷において、こんなことは日常茶飯事では?事実あなたもご経験があるのではないですか?」
はったりだった。けれど、ベッヘムは引っかかった。貴族など、叩けば多少の埃が出るものだ。




