虚飾の城 8
「こちらにおいででしたか」
コンラートだった。
エルンストが館の二階にある納戸に入るのは、何年ぶりかのことだった。
埃を被った大きな絵を見ていた。
美しい貴婦人の肖像画。
「この絵が屋敷の応接間から下ろされてだいぶ経ちますな」
コンラートは感慨深げに絵を見つめる。
「ご主人様のお母上は本当に美しい方でした」
「お前は知っているのか、コンラート」
「は?何をでございますか?」
狸め。
「俺の出生のことだ」
コンラートは何も言わなかった。
「知っているのだな」
しばらく考えた後、ためらいがちにコンラートは話始める。
「あれは確かご主人様が六歳頃のことでございますね・・・」
母親が弟を身ごもり、もうすぐ臨月を迎えるころだったと言う。
父と母の言い争う所を偶然聞いたらしい。
「旦那様は激しく奥様を罵っておられました。エルンスト様がご自分の子ではないと。奥様は泣いておられました」
それが原因で、母は早産し産後の肥立ちが悪く死んでしまったとコンラートは言う。
母が死んだ原因は俺だったのか。
エルンストの心は深く沈んだ。
俺がいなければ——。
ならば、何故俺を生んだ。エルンストは激しく憤る。
「ご主人様は、正真正銘べーゼンドルフ家のお子様だと思っております」
「俺を慰めるつもりか?」
「いいえ。私は奥様を信じております」
エルンストはククッと喉で笑う。
「お前の世迷言など、信じるものか」
「世迷言ではございませんっ!」
いつになく真剣な顔をするコンラートに、エルンストは気おされてしまった。
「奥様は、それはそれは旦那様を愛しておいででした。旦那様に向ける眼差し、微笑み、優しいお言葉。いつも旦那様を気遣っておいででした」
コンラートは昔を懐かしむように目を閉じた。
「お前の主観だろう」
「いいえ。私には分かるのでございますよ。なのにバルナバスが・・・」
バルナバス。父に母の不義を伝えていた執事だ。母が死んですぐにこの家から去って行った男。
「あ奴は、奥様に横恋慕していたのですよ。きっと歪んだ愛情が奥様を陥れたのです」
まさか・・・。
「今となっては真相は奥様しか分からないことですが、天地神明にかけて、奥様の不義はありえません。断言いたします。だから私もヘレナもエルンスト様にお仕えしているのです」
「・・・ありがとう」
エルンストにはそれしか言えなかった。
あの、崇高で気高い母が、父を裏切るなどあり得ないと信じていた。
憎みながらも愛していた母。
本当のことを教えてくれ——。
エルンストは天を仰いだ。
「ご自分の信じるところが、真実でございますよ」
そう言い残して、コンラートは部屋を出て行った。




