蛍の丘 6
その夜、宮殿の一室でひそやかに宴が行われた。
出席者は皇帝ゲオルグとエルンスト。
それに貴族の娘が十人ほどで、どの娘も思い思いに着飾り、ゲオルグの言ったとおり、美女ぞろいだった。
側室になれる好機とばかりに娘たちはゲオルグに色目を使う。
「今宵はお前も羽目を外してよいぞ」
エルンストは無言で頭を下げる。
「どうだ、気に入った女はいるか?」
「ええ、まあ」
曖昧に答える。
「どの女だ」
どの女でもいいのだが。ああ、面倒だ。
ざっと見回してゲオルグにささやく。
「あの、紫のドレスを着た女性など」
とりあえず、顔が好みだったからそう答えた。
「あの娘はクラッセン子爵の娘、パウラだ。余の好みではないからお前にやろう」
なんとも娘たちが聞いたら怒り出しそうな話だ。
「余はあの黄色いドレスを着た女。それからあそこにいる赤いドレスの女。それからピンクのドレスも好みだ」
こそこそと耳打ちをする。
皇妃にはなれなくとも、側室となり子を生せば皇妃にひけをとらない扱いを受ける。
公式の場では皇妃にその地位を譲るが、それ以外であれば側室であっても大きな顔ができる。
まして、子を生したとなればなおさらだ。
カールリンゲン帝国は第一子が玉座を継ぐことになっている。それは男児でも女児でも構わない。
残念なことに、ゲオルグとゾフィーの間にまだ子供はいない。これを好機と捉える貴族の娘や親は多かった。
一族の繁栄は娘にかかっていると言っていい。
我先にとゲオルグに色目を使う娘たちを見ながら、女の浅ましさを見るようで、背筋がぞっとするエルンストだ。
呆れたように彼女たちを眺めていた。
エルンストは酒には強い方だったが、連日の激務のせいなのか、気分がすぐれないからなのか、このところ良く眠れていなかったせいなのか、今日に限って酔いが回るのが早かった。
「うふふ、エルンスト様」
ふいにかけられた声。
「おひとりでお寂しくはないですか?」
声の主は先ほどタイプだと言った紫のドレスを着た娘だった。
どうやら皇帝に相手にされず、狙いをエルンストに変えたようだった。
ことさら無視するわけにもいかず、とりあえず席を勧めた。
「陛下も露骨なのだな」
「えっ?何かおっしゃいましたか」
意味が分からず娘は首を傾げた。
「いや、こちらの話だ」
「私パウラ・フォン・クラッセンと申します」
「ああ」
非礼とは思ったが、興味が無いものは無いのだから仕方がない。それにだいぶ酔いが回っている。
パウラはそんなエルンストの様子を気にすることなく、話かけてくる。
「エルンスト様のお歳は確か二四でいらっしゃいましたね?」
眉目秀麗なエルンストはその存在を、ほとんどの宮廷女性に知られていた。
「私は今年十八になりました」
十八?フィーアと同じ歳ではないか。随分年上に見えたが。
いかん、いかんとエルンストは頭を振った。フィーアなど俺とは関係ないのだ。
「俺とは何の関係もない侍女だ」
つい独り言を漏らしてしまった。
事情が分からないパウラは首を傾げる。
「侍女がどうかされたのですか?」
「我が家の侍女は、白百合のように高潔で美しい。彼女に祝杯を」
お前のように、男に媚びを売ったりせん。
グラスを高々と持ち上げる。ほとんどヤケだ。
「まあ、酔ってらっしゃるのですね。侍女など下級貴族の娘ではありませんか。その者が高潔だなんておかしいわ」
パウラの呆れたような笑い声はエルンストを不快にさせた。
貴族の令嬢なる仮面を被った女は、ほとんどが貞淑とは無縁だ。見栄を張りあい、男を奪い合う。
エルンストはこんな女どもを相手にしているファーレンハイトが不思議でならなかった。
「楽しそうだな、エルンスト」
ゲオルグだった。
「確か、パウラはお前の好みだと言っておったな」
余計なことを。内心でエルンストは舌打ちした。
「まあ、嬉しいっ」
エルンストとは対照的にパウラは顔を赤らめ、胸の前で手を叩き、はしゃいだ。
いささかわざとらしさを感じないでもない。
「今宵は二人で存分に楽しむがよい」
「まあ陛下、ありがとうございます」
うやうやしく頭を下げたのは、パウラだった。エルンストは仏頂面をしている。
ゲオルグは気に入った娘三人を連れて、広間をそうそうに退室してしまったのだった。




