蛍の丘 4
「女とは、やはり理解できん生き物だな」
シュバルツリーリエの兵舎食堂でのこと。
昼食はいつもここで取っているエルンストだった。
話の相手はファーレンハイト中将だ。
「珍しいですね。女性が理由で悩まれるとは」
「それほど大袈裟ではない」
皿の上に転がる茹でただけのポテトを忌々しそうにフォークで突き刺す。
「そうは見えませんけど」
「何?」
「そんなにポテトを突き刺しては不味くなります。それとも、憎き女性はジャガイモみたいな顔をしているのですか?」
「からかうな、ファーレンハイト。俺はお前のように女を相手に生きてきたわけじゃない」
「まるで私の人生が、女性と共にあるみたいじゃないですか」
「違うのか?」
「違いません」
うそぶくファーレンハイトに、フォークを突き刺したいエルンストだった。
「お察ししますよ、閣下」
金で言いなりになる娼婦を相手にしてきた結果だ。と言いたげなファーレンハイトを睨むことも出来ない。
事実だったし、女と心を通わせたことなど一度もない。自分にはその必要性も感じていなかった。
「閣下の心を苦しめているのは、例のフロイラインですね」
自信ありげに笑みを浮かべる。
あえて答えることを避けたエルンストだったが、バレバレなのは明らかだった。
「初めて本気の恋をされたのですね」
「自分でも驚いている」
エルンストが恋愛を避け、娼婦しか抱かない理由をファーレンハイトにすら話したことはない。
「確かに美しい女性でしたからね」
「・・・それだけではない」
それだけではないのだ。
可憐でありながら、どこか芯のある心の強い女。
儚げでありながら、凛としている。
まるで、百合の花のような女。
「私自身、一瞬でかのフロイラインに心を奪われましたから。不思議な空気を持った女性でしたね」
「お前・・・」
「勘違いしないで下さい。確かに素敵な女性でしたけれど、閣下の恋路を邪魔する気なんてありませんから」
怪しいものだ。エルンストは内心でため息をつく。
いくら親友と言っても、こいつは信用できない。こと女に関しては。
「おや?私の言うこと、信じてませんね」
何故バレた?
「閣下の顔を見れば一目瞭然ですよ」
この問題ではファーレンハイトが一枚上手だ。
「閣下は確かに美丈夫だし、武人としても優れておいでですが、女性に関しては武骨なところがあります」
「今から俺にそれを学べと?」
「まさか。私がここにいる理由が無くなります。そうですね、まずはフロイラインの誤解を解くことです。何か心あたりがあるのでは?」
「全くない」
いくら考えても思いあたらない。
あの月夜の晩、フィーアを抱きしめたとき彼女は抵抗しなかった。つまり想いが通じ合ったのではないのか?
俺の勘違いだったのか?フィーアはそれも侍女の仕事だと無理をして俺に付き合ったというのか?
女とは好きでもない男と抱き合って平気なのか?
いくつもの疑問符が頭をよぎる。
「所詮、女などにうつつを抜かした俺が間違っていたのだ」
「閣下?」
あれから数日間、フィーアとはほとんど会話をしていない。
会話など無くても日常は成り立つ。不自由すらない。
主従関係なのだから当然だ。
やはり俺は恋愛などしてはならない。
戦の方がよほど気楽だ。相手の意思など関係なく切り込めばいい。
「勝手にすればいい」
「どうやらご自分で結論を導かれたのですね。これは面白くなりそうです」
「何とでも言え」
自暴自棄になったエルンストに声がかけられた。
「べーゼンドルフ閣下、陛下がお呼びです」
「分かった。すぐに行く」
呼びに来た下級士官に、食事の皿を片付けるように言うと、ファーレンハイトに向き直る。
「この話は持ち越しだ」
言い残して、皇帝の執務室へと向かったのだった。




