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42.迫り来る闇に消え失せる光

獣の咆哮の様な声、そして男の人達の叫び声。

耳に届いた音に、サナはその瞳を開いて愕然とした。


サナ達のいる崖の下に広がる大地では、人間と魔物の激しい戦いが繰り広げられていた。


しかし、立っている人間は殆どいない。

地に広がる赤黒い血と、彼方此方で倒れている無数の人間達の姿に、ヒッと息を呑んだ。


「見ろ!これがあの男がしでかした事だ!しっかりと、その目で見るんだ!」


カリムに立たされたサナは、初めてみた地獄の様な光景に、ガタガタと身を震わせた。

残り僅かな光は、西から押し寄せる黒き闇に今、飲み込まれようとしている。


恐怖に顔を引き攣らせながら戦場を見回したサナは、前方へと視線を移してハッとした。


「リファイド!!」


白銀の鎧に赤いマント、後ろで縛った金色の長い髪の彼の姿を捉えた。

しかしその姿は、満身創痍。


「腕が……」


左腕を失いながらも、右手に持った剣を振るい続ける。

彼を囲み込んで戦っていた騎士達が、次々と魔物にやられていく。

彼の足元には、横たわるレイザの姿も見えた。


戦況を見ていたカリムは、後方にいる漆黒の鎧を纏った集団の方へと視線を移した。


『第一王子カリムが命ずる。我が騎士達よ、後退せよ』


カリムの言葉に、サナはハッとしながら彼を見つめた。

彼の瞳は、遠くを見ている。

その瞳を追うと、遠くの方にいる漆黒の鎧の騎士達が、戦いながらも徐々に後ろへと下がって行くのが見えた。


「どうして?だって、まだ戦場には生きている人がいるのに!」


「我が騎士達に、他国の者など関係ない」


「でも!」


食い下がったサナに、カリムは鋭い瞳を再び向けた。


「ならば聞こう。あの騎士達の中には、ヌェイリブの息子ロッチアも居る。お前はロッチアに、あの魔物の大群の中に死を恐れず飛び込んでいけと言うのか!」


「ロッチアが?」


何故ロッチアが戦場に居るのか。

彼が戦争に行っているだなんて、ヌェイリブさんは言ってなかったのに……。


彼があの集団にいると聞いた私は、その時初めて、黒い鎧を着た騎士の人達をハッキリと認識出来た様な気がした。


ロッチアや薬を買ってくれた騎士の人達。

みんなの顔が瞬時に浮かんで来る。

遠くにいる黒い鎧を着た騎士の人達ではなく、知っている人達だと認識したと同時に、簡単に助けにいって欲しいと願ってしまった自分の愚かさに気が付かされた。


押し寄せる敵と立っている人間。

その比率は九対一。

今、砦の騎士達がリファイドの元へと駆け付けたとしても、それは死者を増やすだけに終わる。

それは、戦いを知らないサナにでも分かる事だった。


「どうなんだ!」


カリムの激しい追及に、サナの瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。


「……ごめんなさい。撤退を……お願いします」


身を引き裂かれる思いで、サナはそうカリムへと告げた。


彼を助けられない……。

彼を、見殺しにしてしまう……。


遠くにいるリファイドへと瞳を戻したサナは、両手を前で組み、神に祈るしか無かった。


敵に囲まれながらも、なんとか持ち堪えようとするリファイド達。

しかし、ドンドンと周りの味方が倒されて行く。


多勢に無勢。

次から次へと現れる魔物達に、後退する事すら叶わなかった。


敵に追い詰められたリファイドが剣を弾かれ、とうとう地に膝をついた。

迫り来る敵を見つめ、そして静かにその瞳を閉じる。


沢山の魔物達の鋭利な牙や爪が、もう何も出来ないリファイドへと向けられた。


「リファイド!!!!!」


サナの絶叫と共に、目に見えぬ不思議な力が、大地を走った。




◇◆◇




地に足をついたリファイドは、足元に倒れているレイザを見た。

顔の左側が潰され、もう息も絶え絶えの状態だ。


「で……んかだけ……でも……」


「すまない……。もう……立ち上がる事も……出来そうにない」


「……サナ様が……殿下を……まっ……」


「それだけが……心残りだ」


リファイドは、迫り来る敵を見上げた。

もう、動く事すら出来ない自分に勝ち目はない。


厳しい戦いになるとは分かっていた。

それでもと、戦い始めたまでは良かった。

順調に魔物達を倒し続けて数時間が経過した時、状況が一気に変わった。


西から来た魔物の集団が、目の前の魔物達の群れに合流したからだ。

報告されていた魔物の数よりも、三倍近く多い。


急いで後退の指示を出したが、時すでに遅し。


一気に押し寄せた魔物達は、人間達を次々と囲み混んでいった。

なんとかギリギリの状態で戦場を保っていたが、人間側が魔力切れを起こし始めてしまったのが運の尽き。

一気に畳み掛けられてしまった。


もう、人間側に勝ち目は無い。


右目から涙を流したレイザの手を取り、そして静かに瞳を閉じた。


「……サナ」


リファイドが小さく呟きを落とした……その時だった。


リファイドの足元から暖かい光が、突如として湧き上がった。


ハッと目を開いたリファイドは、奇跡を目にする。


自分を中心として、優しい光を放ちながら広がっていく大きな力。

その光に触れた魔物達が、一瞬の内に消滅していく。


段々と大きく広がっていった光の洪水は、迫り来る全ての敵を飲み込み、消滅させていった。


「これは、一体……」


茫然とするリファイドは、自分の左手に違和感を感じた。

ふと見ると、光の玉が集まって来ている。


集まって来た光の玉が一斉に発光し、光の収まりと共に、失った筈の左腕が姿を表した。


「私の左腕が……」


ハッとしたリファイドは、地に倒れるレイザを見た。

潰されていた筈の彼の顔の左側が、すっかり綺麗に元に戻っている。


体を起こしたレイザと共に、リファイドはその場に立ち上がると、後方へと視線を移した。


傷付き、戦場の地へと倒れし騎士や兵士達が、次々と立ち上がっていく。

深い傷を負った者、瀕死の状態となっていた者、全てが癒され、傷口が修復されていく。


全てを包み込んだ優しい光は、もう一度強く発光し、徐々にその輝きを失って消え去っていった。


実際に体験し目撃した奇跡に、皆が茫然とその場に佇んでいた。

次第に、顔を上げた騎士や兵士達が、一点を見つめ指を差し始める。


「あれを見ろ!」


「聖女様だ!聖女様が来て下さったのだ!」


彼らの指を追っていったリファイドは、息を呑んだ。


離れた場所にある崖の上では、金色の光に身を包んだ一人の少女が、天を見上げ、両手を前に出したまま宙に浮かんでいる。

遠くて顔が確認出来なくても、リファイドにはあれが誰なのかが分かった。


「サナ!!」


リファイドは、サナに向かって走り始めた。

サナから発光する光は、ゆっくりと収まっていく。


「サナー!!!!」


リファイドの場所からでは、遠過ぎて声が届かない。

その時、後方からリファイドを目指して一直線に走って来る純白の馬がいた。


それに気が付いたリファイドは、魔力を使って浮かび上がると、すれ違いざまにヒラリと飛び乗った。


数十分ほど前、敵の攻撃を受けて倒れた筈の愛馬ルースタリアの無事な姿に涙が滲む。

ポンポンと愛馬の首を叩いて感謝しながら、リファイドはサナを目指して、一目散に走らせ続けた。


サナの光は収まりを見せ、宙に浮かんでいた体がフラつきを見せた。

ゆっくりと地へと降りて来てはいるが、光の収まりと共に、それがだんだん不安定になって行く。


戦場を唖然とした顔で見続けていたカリムは、それに気が付き、慌てて両手を広げて差し出した。

光を失ったサナの体は、一気に落下する。

落ちて来たサナをガッチリと受け止めたカリムは、ホッと胸を撫で下ろした。


サナの意識は無いが、特に体に問題はなさそうだ。

彼女の無事を確かめたカリムは、もう一度戦場へと視線を移した。


魔物によって壊滅状態だった筈の軍が、完全に息を吹き返している。

全ての敵の消滅、そして死に掛けていた騎士や兵士達の蘇生を含む、脅威的な回復力。


(奇跡だ……)


この状況を表す言葉は、それ以外は見つからない。


カリムだけでなく、戦場にいる全ての者達が、全ての事実を受け入れ、そしてこの奇跡を起こした少女が誰なのかをハッキリと理解していた。


「聖女……なのか?サナが……本物の聖女なのか!」


カリムの確信を持った声と共に、戦場の騎士や兵士達から大きな歓声が上がる。


「「聖女様、万歳!!リファイド殿下、万歳!!」」


勝利に酔う戦場の騎士達の嬉しそうな声が、彼方此方から上がり続けた。

カリムは、もう一度自分の腕の中で眠るサナへと視線を移した。


その時カリムは、もう一つの奇跡に気が付いた。

サナを支える自身の左手。

手の甲に広がっていた筈の邪紋が見当たらなくなっている。


地へとサナを下ろしたカリムは、震える手で袖のボタンを外し、その腕を捲ってみる。


腕を這う様に広がっていた筈の邪紋も、全て綺麗に消え去っていた。


「……サナの光を……浴びたからなのか」


喜びから口元を緩ませたカリムは、一頭の馬が物凄い速さでこちらに向かっている事に気がついた。


「リファイド……」


もう一刻の猶予もない。

意識のないサナを両手で抱き上げ立ち上がったカリムは、安全な場所まで後退して待機していた漆黒の騎士団へと視線を移した。


『我が騎士達よ。大至急、黒の砦へと帰還せよ!繰り返す。緊急事態だ。沈黙を守り、大至急、黒の砦へと帰還せよ!』


自国の騎士達にそう告げたカリムは、もう一度リファイドを見つめた。

彼のサナに対する執着が、一体何を意味していたのかを、たった今、理解した気がする。


「お前に聖女は渡さない。サナは、黒の砦の聖女だ!」


力を高めたカリムは、パッとその場から消え去った。


駆け寄る自分に気が付きながらも、戦場から姿を消したカリム。

その意図に気が付き、リファイドは大声で叫んだ。


「サナァ!!!!」


戦いは、人間達の勝利で終わった。


しかし、リファイドが思い願っていた未来とは、明らかに違う動きが出始めていく。


戦場の後始末の指示をして、急ぎ黒の砦へと向かっていた旅の途中、サナの元へと置いて来た筈のアンナとマリーと警護の騎士達が馬に乗って駆け付けて来た。


砦の騎士達に急に剣を向けられ、抵抗する間もなく追い出されたのだと言う。

そして昨日、戦場から帰還する黒の砦の騎士達とすれ違ったと言う報告を受けた。


その後、彼女達と共に黒の砦へと向かったが、取り付く島もなく、漆黒の門は固く閉ざされたままだった。


リファイド達は仕方なく、城へと一度帰還する事となった。



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