41.カリムの苛立ち
カムネッカ王国の第一王子リファイドが旅立ってから、今日で三日が経過した。
この砦より先に進む歩兵隊及び騎馬隊は、魔力補助を使い、一気に速度を上げた。
一週間かけて進む距離を、魔力を使って三日で進む。
魔物達は鼻が良い為、普通の速度で歩いて行くと、沢山の人間が近付いて来ている事を察知され、仲間を呼び寄せられてしまうからだ。
警戒される暇をも与えず、一気に攻めに出る。
魔物との戦場は、いつもこの戦い方が行われている。
戦地には他国の兵達も待機していた。
朝日が登った頃、彼らと合流。
それと同時に、一気に魔物への総攻撃を始めた。
戦いは今日、始まったのだ。
窓へと歩み寄ったカリムは、眉間の皺を深くさせながら、拳を握り締めた。
戦地から魔力によって飛ばされて来る戦況報告は、やはりという物だった。
魔物の数が多い。
しかも、ここ数日で確実に数を増やしていた。
順調に倒していたのも束の間。
今は少し押されているらしい。
戦場に連れて行かれた黒の砦の騎士達は、全部で五千人。
大国の兵の数には遠く及ばないが、それでもカリムの愛するこの国の騎士達だ。
彼らを無謀な戦いへと連れ出したリファイドには、恨みしかない。
砦の騎士達には、前線には出るなと指示してある。
自分達を迫害する人間達の為に死ぬ必要はないからだ。
勝っても負けても、どうでも良い戦い。
カリムには全く興味がない。
しかし、連れて行かれた騎士達……自国の民達の事だけが気がかりであった。
ふと視線を下げた窓の外に広がる中庭では、リファイドが置いて行った侍女と数人の騎士達に囲まれたサナが、散歩をしていた。
その姿を見たカリムは、ギリッと奥歯を鳴らした。
リファイドを突き飛ばして幽閉された女は、彼に言い包められてしまった様だ。
与えられた水色の服に身を包み、奴の帰りを今か今かと待ち侘びている。
愚かな女だとは思いながらも、リファイドのあの少女に対する執着心が少し気になっていた。
◇◆◇
戦争が始まって半日が経過した。
カリムは、ヌェイリブの部屋へと顔を出した。
「戦況は、かなり悪い」
「そうですか……」
ヌェイリブは、暗い瞳で俯いた。
机の上で組まれた手に、後悔の力が加わる。
そんなヌェイリブを見たカリムは、呆れたと言わんばかりの吐息を溢した。
「厳しい戦いになると分かっていた筈だ。それなのに何故、ロッチアを行かせた」
「……本人が希望したからです」
ロッチアとは、何度も何回も話し合ったが、いくら説得しても彼は意見を変えなかった。
絶対にロッチアを戦場に行かせないと、ヌェイリブは帳簿からロッチアの名前を消した位だ。
しかしロッチアは、騎士団の集まりへと出席。
自ら志願の手を上げてしまい、出兵が決まってしまった。
勝手な行動に怒りを見せたヌェイリブは、サナに全てを話すと脅したが、ロッチアは笑うだけだった。
「それでも行くよ。行かなきゃならないんだ……。でも、出来たら言わないで欲しい」
こちらの意見なんて全く聞かず、その癖自分の意思を通そうとする。
なんて自分勝手な息子なのか。
イラッとさせられたが、それでもやっぱり可愛い息子だ。
どうしても行かせたくなかった。
なんとしてでも引き止めたかったが、本人の意思の強さの前に、打つ手は無かった。
落ち込むヌェイリブに、カリムがクスリと笑った。
「安心しろ。騎士団長には、前線に出るなと命じてある。戦場に出たロッチアは、騎士団の命令には逆らえんし、無謀な事はできないだろう。そして今の所、我が軍の騎士達に死者はいない」
「そうでしたか!ありがとうございます、カリム殿下」
「だが長引けば、それもどうなるか分からない。リファイドさえサッサと死んでくれれば、撤退させる事も可能なのだがな」
苛つきを見せるカリムは、窓の外の空を見つめ続けた。
その時、ヌェイリブの部屋のドアがコンコンッとノックされた。
返事を返すと、サナがヒョッコリと顔を出す。
しかし、ヌェイリブの隣に立つカリムを見て、あっ!と声を上げた。
「ごめんなさい。お話中でしたよね」
「いや、入っても構わない」
カリムの言葉に、サナが入室をして来た。
しかし、その後ろから続こうとするアンナ達をカリムが止めた。
「此処は、我が国にとって重要な書類もある。すまないが、入室は遠慮して貰いたい」
ハッと顔を上げたアンナ達に、サナが笑顔を見せた。
「隣の部屋で待ってて貰っても良い?終わったら、そっちに行くので」
「承知致しました」
アンナ達はこの砦の王子の言葉に流石に逆らう事は出来ず、隣の部屋へと素直に移動して行った。
彼らが出て行った事を確認したヌェイリブは、サナをソファーへと招いた。
「どうかしたのか?サナ」
「……あのね。戦場はどうなっているのか、ヌェイリブさんなら分かる?」
今日辺りに戦争が始まると小耳に挟んだ事で、サナは戦地の状況が気になって仕方がなかった。
しかしアンナ達ではどうなっているのか全く分からない為、こうやってヌェイリブに聞きに来たのだ。
「まだ、詳しくは分からないな」
「そっか……。いつ頃、リファイド達が帰って来られるのかを知りたかったの」
サナの言葉をヌェイリブの横で聞いていたカリムは、小さく笑った。
「帰って来る?随分お気楽なのだな」
「えっ?」
戸惑いを見せたサナに、カリムは苛立ちの顔を見せた。
「帰って来る訳がなかろう。あれは勝ち目の無い戦いだ。誰もが命を捨てた戦いになると覚悟して戦場に行っている」
「嘘!だってリファイドは、絶対に戻って来るって約束してくれたもの!」
「約束?そんな口先だけのものは、なんの意味もなさない」
「なんで……。どうして、そんな酷い事を言うの?いい加減な事言わないで下さい!」
「いい加減な事だと?ふざけるな!ならば、来い!お前の大切な男が、一体何をしたのか。今、何をしているのかを、その目で見るんだ!」
カリムはサナの腕を引き、無理矢理立たせた。
「キャッ!!!」
「殿下!」
「煩い、ヌェイリブ!お前は黙っていろ!」
怒りが冷めやまぬカリムは、止めようとしたヌェイリブをも怒鳴り付けた。
カリムは遠い戦場にいる黒の騎士達を感じ取り、そこから少し離れた場所を位置として固定する。
フワッと生暖かい風がカリムとサナを包み込んだ。
パァーッと発光した眩しい光に、サナは目を瞑った。




