40.貴方と離れたくない
ソファーに座っていたリファイドは立ち上がると、隣の部屋のドアへと歩み寄り、そしてノックをした。
「サナ、入っても良いかな?」
「駄目!!!」
速攻で拒否された。
がっかりとしたリファイドは、仕方無くソファーへと戻って行く。
その時、隣の部屋の扉が開いた。
「殿下。サナ様のお支度が整いました」
頭を下げたアンナの後ろから、サナの声が響き渡る。
「ええ!!!ちょっと待って。そんなの聞いてない!」
「大丈夫ですよ、サナ様。とても可愛らしいと思います!」
「そうですよ。これは是非、殿下にお見せするべきです!」
「で、でも……」
サナは、扉から顔を少しだけ出してみる。
サナの姿を見たリファイドの顔が、緩みを見せた。
「サナ。おいで」
両手を広げたリファイドに、サナは戸惑いながら答えた。
「わ、笑わない?」
「笑ったりなんかしないよ。私がサナの為に選んだ服を見せて欲しい」
「うん……」
恐る恐る部屋へと出て来たサナを見て、リファイドは息を呑んだ。
水色のワンピースに、白のレース。
後ろで少し結われた髪に付けられた花飾りが揺れる。
薄く施されたお化粧が、サナの顔をより美しく見せていた。
美しいと思う女性なら、城の夜会や舞踏会で何人も見て来た。
しかし、そんなリファイドでも、サナの可愛いらしい姿に見惚れてしまう。
動かないリファイドを不安そうに見上げたサナを見て、後ろに控えていた側近の男レイザが「コッホン」っと、小さく咳払いをした。
「殿下。サナ様が、お待ちです」
「……あ、ああ」
惚けていたリファイドは、ハッと意識を取り戻すと、直ぐにサナへと歩み寄り、手を差し出した。
その手を取ったサナに、微笑みを向ける。
「サナが想像以上に可愛くなっていたので、驚いてしまった」
「もう……。嘘ばっかり」
「嘘ではないよ。本当に美しいと思っている」
チュッと額にキスを落としたリファイドは、顔を赤らめたサナの手を引いて、バルコニーへと連れて行った。
◇◆◇
外はいつの間にか、陽が落ちて夜空には星が瞬いている。
二人で並んで見上げた夜空が、とても綺麗に見える。
私が隣りを見ると、リファイドもこちらを見つめた。
そして甘い声で囁きを落とす。
「とても綺麗だ」
リファイドは、もの凄くストレートに自分の気持ちを伝えて来る。
私の心臓は、ずっとドキドキしっぱなしだ。
とても優しい、リファイド。
でも、その優しさがとても怖くなってしまう。
「あ、あのね。迷惑だとか嫌だなって思ったら、直ぐに言ってね。嘘とか隠し事とかは、絶対にしないで欲しいの……。なんか、後から急に、そうじゃないとか、迷惑だったとかになると悲しいし……」
ロッチアとの事がやはり尾を引いていた。
リファイドにまで、迷惑だと突き放されたりなんかしたら、今度こそ絶対に立ち直れない。
嫌だなって思ったりしたら、ちゃんと言ってね!思わせぶりな態度をしたり、本当は婚約者がいるとか、そう言う大切な事を隠したりしないでね……と言う気持ちを込めて伝えた言葉だったのだが、彼の表情が少し変わったのが分かった。
リファイドは、戸惑いながら視線を外し、外の景色を見る。
そしてキュッと口元に力を入れると、もう一度私の方を見た。
「リファイド?」
私は思いもせずに、彼が私に隠そうとしていた発言を引き出した。
「私はこの後、魔物の大群に襲われているダムネーザと言う国に行く。私に命を預けてくれた十五万の兵士達と一緒でも、戦況はかなり厳しい」
「……えっ?何それ。少し出かけるって戦争に行くって事だったの?そんなの聞いてない!お願い、やめて!」
「大丈夫、心配はいらない。私は、必ずやこの戦いに勝利して、私の所為でサナが背負わされてしまった全ての罪を、消し去って見せる。だから少しの間だけ、私を信じて待っていてはくれないか?」
美しいスカイブルーの瞳が、今度は真っ直ぐにサナを見つめてきた。
この人は私の罪を消す為に、戦争に行く決意をしたらしい。
私は首を左右に大きく振った。
「もう良いの!私なら、ここでキチンと生きていける。だからそんな危険な事をしないで。私は、戦争に行って欲しいだなんて思ってない!」
「私の心配をしてくれてありがとう。でも私は、戦場に行くと決めたからこそ、こうやってサナに会いに来れた。これがサナの心を深く傷つけてしまった事に対する、私なりの責任の取り方なんだ」
「だから、リファイドが責任を取る必要なんてどこにも無い!」
リファイドは、首を振って拒否を示す私の手をそっと優しく取った。
「サナ。私は必ず、貴女の元に帰って来る。だから、私を信じて待っていて欲しい」
リファイドは、いくら止めても聞いてくれない。
もう、戦争に行くと決めてしまっている。
私の頬を伝う涙が、地へと落ちていく。
「いかないで……。また一人になっちゃう。お願い、リファイド。側にいて……。もう一人は嫌なの……」
「ずっとサナの側に居たいからこそ、行って来る。絶対に一人にはしない」
「本当?絶対に、嘘じゃない?」
「必ず戻って来る。そして二度とサナを離さない」
リファイドは私を抱き寄せた。
そして、頬を伝う涙を優しく拭う。
「サナ。私を待っていてくれますか?」
「……はい」
彼の顔が近付き、私は静かに瞳を瞑る。
ソッと優しく触れ合った初めてのキスは、涙に濡れた悲しみの味がした。
◇◆◇
次の日の朝。
私はリファイドの手を握ったまま、城の外へと出て来ていた。
これから彼は、戦地へと向かって行く。
あの城を追い出された時、絶対にこの人だけは許さないって思っていた。
でも今は、この人を離したくない自分がいる。
今思えば、初めて会ったあの時から、私はこの人に恋心を持っていたのかもしれない。
自分が選ばれなかった悲しさや、汚らしい自分を見られた恥ずかしさから、彼に酷く当たっていた気がしなくもない。
ようやく素直に彼の顔を見られる様になったのに、今度は彼を送り出さなければならなかった。
離れたくない。
そんな気持ちを心に押し込め、彼の顔を見つめた。
「行って来る」
「……うん。早く帰って来てね」
私は、馬に乗って駆けて行くリファイドを、涙で濡れた瞳で、いつまでも見送り続けた。
この時の私は何も知らなかった。
命を賭けた戦争というものが、どういうものなのかと言う事を……。
良くも悪くも日本人であり、戦争なんて無い平和な国の住人であった私は、彼は必ず戦いに勝って、自分を迎えに来てくれると、信じて疑ってはいなかった。
そう信じて、疑わなかった……。




