32.第一王子リファイド
城の中の自室で、書き物をしているヌェイリブの元に、部下が駆け込んで来た。
「ご報告申し上げます。北東に五百キロの地点に、カムネッカ王国の軍勢、その数十五万が進軍して来ております。軍旗は、聖輝の剣。第一王子リファイド殿下の物と思われます」
「そうか……。此方には立ち寄る気配は有りそうか?」
「はい。多くの光術師の姿が確認されておりますので、恐らく立ち寄るのではないかと思われます」
「分かった。私から陛下にご報告する。引き続き、情報を集めてくれ」
「ハッ!承知致しました」
頭を下げた部下が出て行くと、ヌェイリブは国王陛下の元へと急いだ。
報告を聞いた国王の眉間に皺が寄る。
「恐らく、魔物の大群に襲われているダムネーザの国へと向かうのだろう。それにしても、まさかリファイド殿下が出て来るとはな……。魔物の進撃は、かなり物だと聞いているのだが……」
「はい。十五万の軍勢でも太刀打ち出来るかどうかは分かりません。そんな危険な戦いに、何故あの第一王子を向かわせたのか……。疑問が残ります」
「兎に角、カムネッカ王国と問題を起こすわけにはいかん。逆らわずに、命じられた物資を提供しろ」
「はっ!」
頭を下げたヌェイリブの横に歩み寄ったカリムが、父王の顔を見上げた。
「我々が作った物を、彼らが欲しがるとは思えませんけどね」
「それならそれで構わん。だが、協力する姿勢だけは見せねばならん」
「それもそうですね。我らをまるでゴミの様に扱いながらも、利用しようとする。本当に迷惑な奴らですね」
室内にいる者達の目に、怒りの炎が見え隠れする。
黒の塔は、普通の人間達から迫害され、隔離された者達が住まう場所だ。
そんな人間達を治める国の王子を、例え事実上の属国とは言え、歓迎なんてする気は無い。
あちらはあちらで、自分達に邪紋がうつる事を警戒して近寄りたくはないだろう。
しかし、一緒に来ている光術師の力で個々の体にシールドを張れば、邪を防ぐ事は可能だと言われている。
それを連れて来ているのだから、間違いなくここに寄るつもりであろう。
一体何を言われるのか。
人手を貸せと言われるのかもしれない。
砦内部の騎士達に、緊張が走った。
それから三日後。
徒歩の大軍勢を後方に置いたまま、馬に魔法を掛けて速度を上げた第一王子リファイドが、百人ほどの騎馬隊と共に黒の砦へとやって来た。
漆黒の門が開かれ、光術師達が光の守護を掛けた百人の集団は、一路、黒の城を目指して砦内部の真っ直ぐな道を駆け上がって行く。
城では、国王陛下とカリム殿下、そしてヌェイリブ達主要人物達と、ロッチアを含む騎士達が出迎えた。
馬から降り立ったリファイドは、国王へと歩み寄った。
「カミゼル国王、久しいな」
「お久しぶりです、リファイド殿下。ようこそ、おいで下さいました」
「騒がせてすまないな。今回は、少し用事があって立ち寄らせて貰った」
「用事とは?」
「我が国からこの砦に送られた少女に会いたい。今、何処にいる」
「少女……ですか?」
疑問を持った国王陛下は、そう言えばと、彼女の存在を思い出し、ヌェイリブへと視線を移した。
「ヌェイリブ。その少女を此処に連れて参れ」
「恐れながら申し上げます。サナは、下級層にて生活をしておりますので、暫くお時間を頂きたく願います」
頭を下げたヌェイリブに、リファイドは顔を向けた。
「サナ?それは、あの少女の名前か?」
「はい。本人がそう名乗っております」
「そうか。あの子は、サナと言うのか……」
リファイドは、遠くの空を見つめた。
城では一切の発言を許否していたあの少女が、この砦ではきちんと自分の名を名乗っている。
自分の過ちの所為で、名前すら名乗って貰えなかったのだと、その瞳を曇らせ俯いた。
しかし、今この場に自分がいるのは、そんな彼女への償いの為。
リファイドは、再びヌェイリブへと視線を戻した。
「サナは下級層にいると言ったな。ならば、私達がそこへと向かおう。誰か案内が出来る者をつけてくれ」
「承知致しました」
「カミゼル国王。本日は、この砦に滞在させて貰う。問題は?」
「ございません。ごゆるりとおくつろぎ下さい」
「ああ。感謝する」
馬に乗ったロッチアとヌェイリブの後を、リファイド達が馬に乗って走り出した。
リファイドの後を、カムネッカの騎士達が追い、黒の塔の騎士達もそれに続いた。
チラリと後ろを見たロッチアは、ヌェイリブへと声を掛ける。
「サナに何の用だろう」
「さあな。何事もなければ良いのだが……。今の時間、サナはどこに居る?」
「恐らく、今日は調合の日だから家だと思う」
「分かった」
ヌェイリブは返事を返しながら、並んで走るロッチアへと視線を移した。
まさかこんな形で、サナに会うとは思っても居なかった。
普通に連れて来てしまったが、これはまずかったかもしれない。
「お前は、城に帰っていて良いぞ」
「……無理」
「そうか」
サナが不敬を働いた相手が、会いに来ている。
城に戻っても気になって仕方がないだろう。
それ以上は何も言わず、サナの家を目指して駆けて行った。




