33.サナに会いに来た男達
馬から降りたヌェイリブは、サナの住居へと足を進めて行った。
その時、本を読んでいた男が顔を上げ、鋭い目付きを見せる。
彼の瞳は、後ろにいるリファイド達に向けられていた。
「あれは大家の爺さんだ。問題は無いよ」
「そうか。あの方が……」
実はあの大家は昔、騎士団長の右腕をしていた方だった。
騎士団長が亡くなった時に引退したが、とても腕が立つと有名なお方だ。
一人暮らしのサナが心配だったが、そんな方の近くならと安心していた。
ヌェイリブがペコリと頭を下げると、大家は無言のままロッチアとヌェイリブの顔を見つめて、また本へと視線を移してしまった。
「サナの家はこっちだ」
ロッチアの案内で、サナの家の前にたどり着いたヌェイリブは、ドアをノックした。
「サナ!いるか?」
「えっ?」
ヌェイリブが声をかけると、サナの少し驚いた様な声が聞こえた。
そして、ドアが少しだけ開かれた。
久しぶりに見たサナの顔にホッとしたが、少し顔色が悪い様な気がする。
「なんだか、顔色が少し悪いな。大丈夫か?」
「はい。あの、どうかしたんですか?」
「あっ、ああ。それが……」
口籠もったヌェイリブは、後ろから感じる気配に、仕方なく口を開いた。
「カムネッカ王国の第一王子リファイド殿下が、サナに会いに来ている」
「えっ!」
サナは唖然とした表情を見せた。
(あの人が来ている……)
ギュッと下唇を噛んだサナに、ヌェイリブが小声で伝える。
「嫌なら、そう伝えるが?」
「……平気です。会います」
サナは扉を開くと、外へと出て行った。
ヌェイリブの近くには、ロッチアが立っていた。
チラリと彼を見たサナは、直ぐに視線を前へと戻した。
サナの姿を見て、金髪の髪を靡かせ白馬から降り立った、白銀の鎧に身を包んだ一人の男性。
間違いない。第一王子リファイドだ。
ゆっくりと俯き加減で前へと歩いて行ったサナに、リファイドが歩み寄った。
「……何か、御用ですか?」
「少し貴女と話がしたくて、此処に立ち寄らせて貰いました」
「話?話って何?貴方の話なんて、聞きたくない!」
バッと顔を上げたサナは、リファイドを睨み付けた。
「貴方の所為よ!全部貴方の所為。どうしてくれるのよ。私を帰して。早く私を家に帰してよ!」
リファイドの胸をグーで叩くと、彼の後ろにいた騎士達が動き出した。
「殿下!」
「よせっ!お前達は、手を出すな」
「しかし……」
「これは命令だ!」
歩み寄って来ていた騎士達は、リファイドに睨まれて数歩後ろに下がった。
リファイドの胸をポカポカと叩き続けるサナは、泣き叫んだ。
「帰してよ!私を帰して!お母さんに会いたい。お父さんやお兄ちゃん達、弟にだって会いたいの!早く日本に帰らせてよぉ!!」
ハッとしたリファイドは、サナの手を取り、自分の体へと引き寄せた。
そして暴れるサナを強く抱き締めると、耳元に顔を寄せた。
「貴女の話を聞きます。ですがこれ以上、貴女の話を周りの者に聞かれる訳にはいかないのです。その理由もお話し致しますので、少しだけ我慢をして下さい」
ヒックヒックとしゃくり上げるサナからゆっくりと体を離したリファイドは、辺りを見回した。
前には黒の塔の者。
後ろにはカムネッカの騎士達や黒の塔の騎士達がいる。
(此処ではゆっくり話が出来ないな……)
顔を上げたリファイドは、ふと近くに聳え立つ壁へと視線を移した。
「サナは、高い所は平気ですか?」
急に呼ばれた名前に驚きながらも、サナはコクリと頷きを落とした。
「良かった。それなら少しだけ、貴女に触れる事をお許し下さい」
「えっ?」
スッと体を屈めたリファイドは、サナの膝裏へと手を回し、体を軽々と持ち上げた。
「えっ?あ、あの……」
人生初のお姫様抱っこだった。
戸惑うサナの耳元に、リファイドの顔が近付いた。
「飛びます。捕まっていて下さい」
「えっ?ちょっと、まっ……」
言葉の途中で、サナの体はフワリと無重力状態になった。
驚いて横を見ると、建物が足元に見える。
「き、きゃあ!!!!」
「大丈夫です。落ち着いて」
恐怖からリファイドの首にシッカリと捕まったサナは、彼の肩越しに下を見た。
黒い鎧の人とシルバー色の鎧の人達が、急いで壁の階段の方へと向かって走って行くのが見える。
あの長い階段を登らずに、ドンドンと壁の上部がサナ達に近づいて来た。
(凄い……。これが、この人の力……)
怖さも忘れて茫然と見つめ続ける。
そうこうしているうちに、リファイドは壁の上へと降り立った。
北にある正門よりも、西側へと降り立ったリファイドは、その場にサナを下ろした。
そして再びサナと向き合った。
「……お願い。私を、日本に帰して。お願い……。お願いします」
深く頭を下げたサナに、リファイドの眉が下がった。
「一度……此方の世界に連れて来てしまった方を、戻す方法はありません」
「帰りたいの……。突き飛ばした事なら謝ります。だから、帰らせて下さい!お願いします」
「すみません。どうしても、それは出来ないのです」
変わる事のない返事に、バッと顔を上げたサナは、涙がいっぱい溜まった瞳で、リファイドを見た。
「どうしてよ!なんで帰らせてくれないの?だって、貴方達にはユマがいるじゃない。聖女が他にいるのなら、私は関係ないでしょ?」
「それでも……。帰せません。帰らせる方法が無いのです」
「ウワアァァー!!!」
サナは両手で顔を覆い、激しく泣き出した。
本当は、帰れないと言う事は何となく分かっていた。
ラノベでも、異世界に転移させられた人は、殆どみんな帰れなかったのだから。
それに、本当はずっと分かっていた。
この人は、とても優しい人だという事を……。
沢山の人の前で恥をかかせた私に、怒ったりなんかしない。
謝る為だけに、護送用の馬車にまで会いに来てくれるような人なのだから。
もし帰らせる方法が本当にあるのなら、この人ならば必ず帰らせてくれた筈。
(もう二度と、日本に帰れない。お父さんにもお母さんにもお兄ちゃん達にも、会えないんだ……)
涙が止まらなくなったサナを、リファイドは優しく抱き寄せる。
「サナ……」
彼の優しい声を聞きながら、サナは彼の胸に顔を埋め泣き続けた。




