34.聖女召喚の儀
※区切りの関係で、少し文字数多めです
ようやく落ち着いて来た私は、鼻を啜りながら頬を伝う涙を拭いた。
そして、現状を認識する。
さっきまで殴ったり怒ったりしていた筈の私は、いつの間にかリファイドに抱きついていた。
とても良い香りのする彼にドキッとしながら、私は慌ててその手を離した。
「あ、あの……」
チラリと見上げると、リファイドがクスリと笑った。
「離し難いですね。このままお話をするのは、いかがでしょうか」
「い、いや。それは無理です!離して下さい!」
グイッと両手に力を入れて彼の胸を押してみたが、ビクともしない。
クスクスと笑ったリファイドは、余裕な表情を見せる。
「今度は尻餅をつかない様にしています。サナが勝てるまで、このままでいましょうか」
「あの時は、ごめんなさい!謝ります。だから離してぇ!!」
ようやくリファイドの腕から脱出した私は、ゼーハーゼーハーと、乱れた呼吸を一生懸命整えていた。
(この人って優しいけれど、ちょっと意地悪さんだ……)
優しさの中に、ちょっぴり意地悪を混ぜて来る。
でもそれが、嫌味になる事がない。
(これが、イケメンスパイス……)
始めて味わう、隠された意地悪な隠し味に、イケメンへの抵抗力が殆ど無いに等しい初心者の私では、太刀打ち出来そうにありません……。
その時、中央にある門の方角から、沢山の人達が走って来るのが見えた。
「殿下!!!」
走って来るシルバー色の鎧を着た男の人達の顔が怖い。
あれはかなりキレている表情に見える。
「もう来てしまったのか……。あの階段なら、もう少し時間を稼げると思ったのに……」
リファイドは残念そうな顔を彼らに向けた。
そう言われてみると、確かに到着が早い。
ガッチリと着込んだ鎧の姿のままで、お昼に私が登った時にかかった時間よりも、半分以下の時間で登って来たのではないだろうか。
なんか、騎士の人達って凄い……。
騎士達の集団があと五十メートル位の所まで走って来た時、リファイドはため息をついた。
そして何やら思案し始める。
「私はまだ、サナと色々と話をしたいので、もう少しだけ彼らには離れていて貰いましょう」
「えっ?どうやって?」
私の隣に立ったリファイドは、右手を前に突き出した。
「アクアシールド!」
フワッと彼の右手が青白い光を放ち、それは私達を中心に広がりを見せた。
一瞬のうちに私達の周りには大きな円形の水のシールドが張られ、迫り来る彼らの行手を遮った。
(凄い!こんなに凄い魔法を使う人、見たことない!)
この街にも魔法を使う人はいる。
でも、ここまで凄い魔法を使う人は見た事が無かった。
空を飛ぶ事と言い、この大きな結界魔法と言い、この人の魔法は周りの人達と比べると、とても強力だ。
「殿下!結界を解いて下さい!」
「お前達は、少しその場で黙っていろ。私とサナの話を邪魔する事は許さん。分かったな」
大きな声で彼らにそう伝えたリファイドは、彼らに背を向けると、私の顔を見た。
「邪魔をされない様に、もう少し反対側へと歩きましょう」
「でも……。皆さん、心配しているみたいだし……」
「サナは優しいのですね。彼らなら大丈夫です。さあ、行きましょう」
本当に大丈夫なのか分からないが、取り敢えずリファイドに付いて行く事にした。
しばらく歩いた所で、リファイドは振り返った。
「この辺ならば、彼らに声は聞こえないでしょう。貴女の話を聞かせて下さい」
「私の話は、帰りたいって話だけです……。帰られないのなら、私はずっとこのままなのですね」
「本当にすみません。私は貴女から大切な家族を奪ってしまいました」
「あ、あの!……私は、ずっとここに居るんですよね?ずっと一人で……ここにいなきゃならないんですよね……」
「サナ……」
「ごめんなさい。なんか一人ぼっちの様な気がして、少し寂しかったから……」
私はシュンッと落ち込みを見せた。
答えが分かりきっている質問をしている自覚はある。でも、寂しいと言う思いが、何よりも強かった。
そんな私の様子を見ていたリファイドが、口を開いた。
「実は……。聖女の召喚は、今ではもう出来ない秘術として伝えられている物だったのです」
「えっ?」
「今回、二人の聖女をこの世界に呼び寄せてしまったのは、私達の力が未熟だった所為なのだと思います。儀式の最中も、何度も術が弾かれそうになりました。術師と私が懸命に繋ぎ止めたのですが、まさかそれがこの様な事態を生み出してしまうとは、思ってもいませんでした」
儀式の最中に……何度も弾かれそうになった……。
その言葉に、私はあの空間内での事を思い出した。
絶対に異世界に行きたくないと、物凄く頑張って踏ん張り続けた、あの時間。
何度も体に纏わりつくゴムの様な力が、増えたり減ったりを繰り返していた。
(ああ、あれか……。あれはリファイド達が未熟って言うよりも……。うん、なんかごめん……)
根性で踏ん張っていました!だなんて、とてもじゃないけど言い出せない。
真実は、心の奥底に埋める事にします。
「この世界では、魔術を使える者達が減って来ています。これだけの大掛かりな力を使う事が出来るのは恐らく今だけで、これが最後になるのでは無いかと言う試算が出ました。だからどうしても、私はこの召喚を成功させたかったのです」
リファイドは私から離れると、砦の中の方へと歩き出し、そこから下にある街を眺めた。
「サナは、この街に暮らしている者達が、どう言う者達なのかという事を知っていますか?」
「はい。説明して貰いました」
「そうですか……」
返事を返したリファイドの瞳を追って行くと、街中を走っている子供達を見ている様だった。
「私の乳母は、私が八歳の時に邪紋が現れました。そして彼女は、処刑されました」
「なっ!なんでですか?」
「王子である私に、邪を近付けた罪だそうです」
「そんなの酷い!だって、邪紋が出るかどうかなんて、誰にもわからないんでしょ?それなのに……」
「ええ。私もそう思います。だから私は父上に、彼女の減刑を求めました。ですが、私の言葉は聞き届けられませんでした。貴女に下った刑への減刑を求めた時もそうでした。私は第一王子などと持て囃されてはいますが、何の力も持っていません。大切な人すら守る事が出来ない男なのです」
ギュッと握られた彼の拳に、言い表しようが無い、強い怒りと悲しみが感じ取れる。
乳母さんを失った彼は、どれだけ傷付き泣いたのだろうか。
あまりの事に、私は声が出せずにいた。
彼は再び開いた心の傷に耐えながら、話を続けた。
「彼女のような人を、もう二度と出したくない。私はこの世から邪紋を無くしたいと思い、ずっと研究をし続けて来ました」
スッと振り返ったリファイドは、とても真剣な表情を見せた。
その顔に、心臓がドキッと大きな音を立てる。
「今回、召喚術を行った本当の理由は、この世界に広がっている邪紋を消し去る為でした。数年前、大昔に召喚された聖女は、その聖なる力を持って、邪を退けたと古文書に書かれているのを発見したのです。私は、これだと思いました」
「……邪紋をなんとかする為に、聖女の力が必要だったのですか?」
「ええ。ですが、聖なる力と言うものは、私の考えていた力とは、少し違ったみたいです」
「えっ?」
「この間、ユマの力を見ました。とても大きな力で、魔物の大群を押しやるそれは、まさしく聖なる力であると誰もが称賛しました。ですが私は、魔物を倒す力が欲しかったのではありませんでした……」
「あっ……」
ユマの力は、とても強力な倒す力だ。
しかし、求められていたのは救う力。
もしかしたら、私がリファイドを助けられるかもしれない。ただそれには、不味い薬しか作れない私では駄目な気がする。
そう思うと、喉まで出かかった言葉を告げる事はできなかった。
「これでは、何の為に召喚の儀をしたのか……。召喚に巻き込んでしまったサナにも、こんなにも迷惑をかけてしまって……」
リファイドは改めて姿勢を正し、私と向き合った。
「私の勝手な思い込みから召喚の儀を行い、貴方の承諾がないまま、無理矢理此方の世界へと連れて来てしまいました。謝って済む事では無いのは重々承知の上ではありますが、もう一度キチンとした心からの謝罪を貴女に伝えたく、此処に立ち寄らせて頂きました」
逸らされる事のないスカイブルーの瞳が、私をしっかりと見つめる。
「本当に申し訳ございませんでした」
深々と下げられた彼の頭から、後ろで縛った金色の柔らかな髪が、サラッと前へと零れ落ちた。
例え直ぐ近くにいなくても、少し離れた場所には、自分の部下達が沢山待機している。
そんな中で、リファイドが頭を下げると言う行為が、どれ程の事なのかと言う事は、私にも分かっている。
この人の考えに巻き込まれ、私は大切な物を全て失った。家族も、生活も、大切にしていた物を全部全部失った。
でも、この街の人達と触れ合って、常に死に怯えて暮らしている彼らをなんとかしたいという気持ちは、嫌と言うほど分かっている。
「もう……頭を上げてください」
私の言葉に、ゆっくりと顔を上げたリファイドと私の視線が今、ハッキリと交わった。
「本当は、今でも日本に帰りたいです。でも、貴方のしたい事や気持ちは、良く分かりました。それならば、私も貴方を応援していきたいと思います」
これが、今の私の本心だった。
気持ちの整理はつかないけれど、それでも邪紋を無くす事に関してはお手伝いをしたい。
私の気持ちを受け取ったリファイドは、強張っていた顔を、柔らかくして微笑んだ。
「ありがとう、サナ」
私へと歩み寄ったリファイドの手が、優しく私を包み込んだ。




