17.サナの涙
ドアをノックしようとしたロッチアは、室内から聞こえてくる小さな啜り泣く声に気が付いた。
(ん?泣いてる?)
確かめる為に耳を澄ませたロッチアは、間違いないと確信を持った。
ドアを強めにノックする。
「サナ。ちょっと良いか?」
ガタッと室内から音が鳴ったが、一向にドアが開かれない。
「おい。開けろって!」
少し強めな口調で扉をノックすると、ユックリと扉が開かれた。
俯き加減のサナの頬は明らかに濡れていた。
「寂しいなら会いに行けば良いだろうが。今から俺と一緒に行くか?」
サナは首を振った。
「今はまだ会いに行けないの。もう少ししたら会いに行く」
「はあ?なんで?」
「……今は、まだ無理だから」
「だから、それはなんでだよ」
シュンッとして俯いてしまう。
これは少し話し合いが必要な様だ。
「少し話をしよう。中に入るぞ」
「えっ?あ、あの……。今は、駄目なの」
「誰かいるのか?」
「居ないけど……。でも駄目なの」
やっぱり様子が変だ。
ロッチアは、ドアの前から動こうとしないサナを横に退けながら、無理矢理室内へと足を踏み入れた。
「あっ、駄目!ロッチア、出て行って!」
サナの言葉を背中で聞いたロッチアは、グルリと部屋の中を見回してみた。
特に変わった物は無いようだけれど……と奥へと進んだロッチアは、仕事部屋に山積みになっている薬に気が付いた。
「こんなに沢山溜め込んでどうするんだよ。サッサと販売所に持って行けって。俺も手伝ってやるから」
顔を向けたロッチアに、サナはキュッと口を固く結んだ。
ロッチアは、不思議そうな顔を向ける。
「どうした?やっぱりお前、何か変だぞ?」
歩み寄って来たロッチアから、サナは視線を外して俯いてしまう。
「まさか、販売所の奴らに嫌がらせでもされているのか?それなら俺が、文句言って来てやる」
サナはカムネッカ王国から罪人としてここに連れてこられた少女だ。
下級層の人間なら、その事を知っている人間は殆どいないだろうと思っていたが、知っている奴がいたのかもしれない。
それなら、騎士である自分が文句を言えば黙るだろう。
しかし、サナは首を振った。
「販売所の人達には、別に何もされてないの。ただ……」
「ただ?」
「私の作った薬は売れないの。どんなに頑張って作っても、どうしても不味くなっちゃうから……」
「えっ?あの味、直らなかったのか?多分、作り方だろ。俺が知り合いの調合師の奴に、作り方のレクチャーを頼んでやるよ」
「作り方は何度も見て貰ったの。間違っている事は何もないって。それでも、どうしても不味いの」
また俯いてしまったサナに、ロッチアはかける言葉が出てこなかった。
テーブルに置かれたままの未開封の回復薬を手に取ってみる。
作り手はサナ。種類は回復薬で、ランクはAランク。鑑定士の署名入り。
また一つランクが上がっているし、回復薬自体に、問題があるようには見えない。
こんな事って、あるのだろうか。
他の調合師の奴らが見て間違っていないと言うのなら、作り方は間違っていない筈だ。
(それなら何故……)
ロッチアは部屋に山積みになっている回復薬の前へと歩いて行った。
どれもこれも、効能自体は高ランクでAか、前に作ったBの判定の物しか無い。
試しに一本飲んでみたが、覚悟して飲めば吐き出す程ではないにしろ、やっぱり不味い。
しかし、パァーッと広がって行く回復の効能は、紛れも無く回復薬だった。
「なんでこんな味になるんだろうな……」
味さえなんとかなれば、高収入が期待出来るのに……。
しかし、騎士である自分では、調合の事までは分からない。
瓶を見つめながらダイニングに戻っていったロッチアは、部屋の隅に置かれている使用後の空瓶が入っている箱に、その瓶を入れた。
その箱の中には、かなりの空瓶が入っている。
「ん?この回復薬は、誰が飲んだんだ?」
「それは……」
口籠もったサナに、ロッチアはハッとした。
「お前、まさか自分で飲んでいるのか?毎日?えっ、食事は?」
見回してみたダイニングには、食べられそうな物が何一つ置いていない。
向けられたロッチアの視線から逃れるように、サナは顔を背けた。
「まさか、食事を取らないで回復薬を飲んでいるのか?だからそんなに顔色が……。お前は馬鹿か!回復薬は、主に治癒的な効果なだけで、体の維持なんて出来ないんだぞ。食事は食事で、キチンと取らないと駄目なんだよ!」
「だって……」
「だってじゃねえよ!何やってんだよ」
「だって!いくら回復薬を作っても、売る事ができないのよ?売れない回復薬ばかりが溜まっていって、どんどんお金がなくなっているのに、ご飯なんて買ってる余裕無いんだもん!」
「だからって……。だったら、なんで俺達に相談しなかったんだよ」
「これ以上、ヌェイリブさん達に迷惑かけられないもん……」
ポロポロとサナの頬を涙が零れ落ちていく。
本当は助けてって、言いに行きたかった。
でも、ここまで面倒を見てくれたヌェイリブさん達に、不味い薬しか作れないだなんて、どうしても言えなかった。
それにマノアさんの顔を見たら、きっと自分は泣き出して甘えてしまう。
そうしたら優しいマノアさんは、私を家で面倒をみると言い出すだろう。
また迷惑を掛けてしまう……。
そう思うと行くに行けず、自分でなんとかしなければと頑張っていたのだ。
「……ごめん。俺も余計な話したし、あんな喧嘩見せられた後で、頼る事なんて出来ないよな。……気付いてやれなくて、ごめん」
ロッチアに優しく抱き寄せられたサナの瞳から、我慢していた涙が止め処なく溢れた。
この十日間、毎日とても不安で心細かった。
知らない土地、知らない人達に囲まれて、どうすれば良いのか、どうしていけば良いのかが、全く分からない。
それでなくても、いきなり異世界に引き摺り込まれて、いきなり犯罪者にされて、いきなり知らない所に連れて来られた。
心はもう限界で、不安と孤独に押し潰されそうだった。
暖かいロッチアの腕の中で、サナはワンワンと泣き続けた。
そんなサナをロッチアはずっと抱き締め、全てを受け止め続けてくれた。




