第63話 ホワイト企業の闇⑤
等々力は、誰も脅す気は無かった。
紛らわしい言い方だったので勘違いしたが、あの事故で謝罪に来る予定の毒島と話を合わせておき、毒島の上司とウチの営業部長に対し3課メンバーの誰かを天衣社の専属にする話をしたいそうだ。
専属が決まれば3課に圧倒的な業績が見込めるため、その成績を持って等々力は本社に返り咲きたい、との事。
「そこで東雲、お前を天衣社の専属にしたいと考えている」
なるほど…毒島は女好きだ。だから俺を誘ったのか。
同じ女でも、田野島は可愛らしく振舞ってはいるが、顔はそこそこで、体型も普通。対して俺は…この顔と身体だ。毒島も喜んで協力すると踏んだのだろう。
「でもそれって談合なんじゃ」
「いや。他社も入るさ。専属を3課にする程度ならば、社内の話だ。談合ではない。頼む、引き受けてくれ。毒島さんにはお前に手を出すなと言っておく」
「そうですか…なら…」
背筋に寒気が走る。どうもあの男は生理的に苦手だ。しかしこれも仕事だ。仕方ない。
なんだか、ブラック企業勤めの時の方がこういうところはシンプルで楽だった。
ひたすらに飛び込み営業の外回り。サービス残業、休日出勤。出世は上司が潰れたら繰り上げ。提案資料は100パーセント営業マン次第。
対して清光商会ではそれらの厳しい労働は一切ない代わりに、他部署からの嫌がらせ、学閥、男社会、出世のための工作…まだまだ他にもありそうだ。
どっちが良いかと言われれば、身体が楽なのはこっちだ。
心はどうだろう。前の勤め先は極端なパワハラは無かった。こちらは巨大な組織による、無言の圧力を感じる。
ホワイト企業も、意外と大変なんだな…
午後の商談は特に何事も無く、小規模の成約。オフィスチェア5脚。
たしかに、この程度の売り上げでちまちまと稼いでも会社は評価してくれないだろうが、普通のやり方ではこの程度が限界だ。
国枝食品だって、オフィス内を全部ウチに任せてもたかが知れている。等々力が天衣社を獲得したい気持ちはよくわかる。
「やるだけ、やるか…」
天衣社向け提案資料を見直す。
訪問した時、様々な備品を見てきた。もっと良い資料が作れるはず。まやかしにかけられていなければもっと見られたが、仕方ない。
「しのぶさん」田野島が声をかけてきた。
「なに?」
「あの、一緒に帰りません?」
願っても無いチャンス!これで、田野島が転移者かどうか分かる。
「うん、いいよ?どこか寄り道?」
「あの、その…」田野島はもじもじしている。
「…言いづらい事ならトイレ行こ」
「はい」
女子トイレに来た。女性同士の秘密の会話はここで繰り広げられる。
あの課長は足が臭すぎてここまで臭う、◯◯さんは2課の××と不倫してるに違いない、◯×係長が本社に転勤出来るはずない、などなど…
「で、なに?」何か言いづらい頼みなんだろうか。
「私と、その…お買い物に…行って欲しくて」
なんだ、そんなことか。
「うん、いいよ。どこ?」
「四愛水着広場…です…」
水着と下着の店じゃねえか。なるほど。男の中では言いづらいな。
でもいいのかな。いや、いいんだよな。うん。いいよ。田野島はミクさんの次に好みのタイプだけど、行くのは誘われたからだし、そもそも女同士だからセーフだよな。うん。
「いいじゃん。私も行きたかった」
「ほんとですか!…ってしのぶさん、なんですかその顔」
この時の俺は、完全にエロオヤジの顔になっていた。
「うへ!?い、いや、なんでもない。女同士で会社帰りにお買い物って初めてで。楽しみだなーって…ははは…」
「私もです!じゃあまた後で!」
自分の下着姿は一瞬で飽きたが、それが他人でもそうなのか確かめなければならない。そう、これは必要な事だ!
…女になって良かった。




