第21話 転移者がいる!③
自己紹介の後、作田が俺に話しかけてきた。元々のしのぶは非喫煙者だ。喫煙所での件で、何か怪しまれたのだろうか。
「…東雲。タバコ、俺とお前しか吸わないからよ。途中で吸いに行くからな」作田はニヤッと笑った。なんだ、それが目的か。
「…今は電子タバコですけど、お付き合いします」
「よし。よろしくな!」
17時25分。
栗田はPCの電源を落とした。
田野島はメイク直しを終え、ヒマそうにしている。社に戻ってから、PCの電源すら入れていない。
作田もデスクにカギをかけ始めている。
…皆、残業という概念が無いかの様な動きだ。ふと、等々力が立ち上がった。
「よし、さっきミーティングもしたし、終礼は省略。明日直出の者はいるか?…いないな。ではお疲れ様」
「お疲れ様でした」
等々力の挨拶に全員が応えてあっさりと業務終了。これがホワイト企業か…
皆それぞれ去っていく。事務所には俺と等々力だけが残った。
「どうした東雲?」
「いえ…なんか、あっという間だったなって…」
「そうだな。初めて出社した感覚なんだろうし、そんなものだろう。どうだ?明後日から営業には出られそうか?」
「ええ。ただ、私が以前訪問した顧客にはなんと説明しようかなと…」
「商談記録はあるんだから、素直に頭の怪我で人の顔だけ忘れてしまったと伝えてしまえばいい。名刺はあるから交換もしなくていい」
「それで売れますかね…?」
「大丈夫だよ。サクさんも同行してくれるしな。今の格好なら、前より売れるかもしれん」いや、以前の格好だから売れていたのかも…
「…頑張ってみます」
「よし。その意気だ。しかし記憶が全く戻らないのに以前よりも社会人としてまとも…いや、立派に見えるのも不思議なものだな」
「そう、ですかね」
「まるで生まれ変わったみたいだぞ」
「…私は私ですよ」それっぽい事を言ってごまかしておこう。
「そうだな。悪かった。じゃあ、また明日」
「はい。お疲れ様です」
…待てよ。今がチャンスだ!
俺は女神フォンを盗み見た。
「転移者が離れました」
よし!これで等々力は除外だ。あの3名の中に転移者がいるのは確定。同じ担当内の転移者に慌てる必要はない。一人キープだと思ってチャンスを待とう。
事務所を出て階段を降りると、幹部を案内していた腰の低い男性、湯沢課長が待っていた。
「あぁ、東雲さん」
「はい」
「記憶って、やっぱり戻らないのかい?」
「…ええ、絶望的だそうです」
「…そうか。いや、うん。何か困った事が起こったら、私に…いや、私や労働組合に相談する様にね」
「はぁ…」
「引き止めてごめんね。お疲れ様」
「お疲れ様です」
なんだったんだ?まさか…
俺は女神フォンを取り出した。
…反応無し。
気にし過ぎか。
17時半に仕事を終えた事など無いので、時間が有り余っている。
俺は近所のスーパーに向かい、なんとなく食材を買って帰った。
「おかえりー!」ナターリャが帰っていた。
「ちゃんといい時間に帰ってきてるじゃないか」
「こっちが本業だからねっ」ナターリャは俺を指差した。
「まぁ、そうか…でもたまに、遊んできてもいいからな」
「優しいねぇ」
「俺だって飲み会とかあるかもしれないからね」
「そっか。じゃあたまに遊んで帰るね。で、その荷物は?」
「ああ。今日から自炊しようと思ってさ」
「何作るの?」
「え?えーと…」
そういえば、自炊した事無いから何も分からんぞ…!




