第21.5話 曽根崎裕佳梨の恋と忠義
曽根崎裕佳梨は管理職をしている。まだ30歳だが、大手企業でトントン拍子に出世し、課長まで昇進した。仕事は順調である。だが、私生活は不調だった。
曽根崎はバイセクシャルだ。
男女どちらとも付き合った事がある。曽根崎自身は誠実だが、残念ながら相手が悪く、いつも逃げられていた。しばらくパートナーはいない。
そんな彼女に、最近気になる人ができた。
最初に曽根崎がその人を見かけた時の印象は、一言で言うと『不恰好』だった。仕事帰りでもスーツの胸元はだらし無く開け、ビジネスにそぐわないほど着崩すその姿に、曽根崎は怒りさえ覚えたのだった。
ところが、ある日突然その人に変化が起きる。
曽根崎は最初、その人を見かけても同一人物だと気付かなかった。なぜならその人は、以前の姿からは想像出来ない様な姿に変わっていたからだ。
シンプルな白いブラウスに細身のジーンズ。ナチュラルなメイクはもともとの顔の美しさを引き立てていた。
彼女の姿は一言で言うならば『可憐』。
そんな可憐になった気になる女性を見かけた翌日。曽根崎はたまたま予定していた仕事が延期になり、久しぶりに半休を取得して帰宅した。しかし、何もやることがない。
曽根崎は部屋着のまま何度も自室と廊下を行ったり来たりしていた。同じマンションに住む、気になる人に偶然を装って会いたいがためだ。その後、自分の行動に呆れて部屋でうずくまった後…不意に立ち上がったかと思うと料理を始めた。
これが曽根崎のストレス発散法なのだ。今日のメニューは肉じゃが。ところが仕上げの段階で、醤油を切らしてしまった事に気づく。
「…これだ!」醤油を借りに行って話をしてみよう。そう考えたのだ。
曽根崎は隣人の部屋のチャイムを鳴らそうとする…が、夜も遅い。ドアをノックする。
「はい」
隣人はいともたやすくドアを開けた。隣人と曽根崎は2、3会話を交わした。
曽根崎は部屋に戻ると、気になる人と会話ができた喜びで少女のようにはにかんだ。そして直後に厳しい表情になった。
東雲しのぶ。それが曽根崎の隣人の名前だ。
しのぶは留学生を預かっていると曽根崎に話した。しかし、曽根崎は一人暮らしの女性が高校生、それも外国人の少女を預かることに違和感を覚えた。
記憶喪失という話。
記憶喪失で性格が若干変わることがあるとは言え、変わり過ぎではないだろうかと曽根崎は考える。
曽根崎は電話を掛ける。
「ああ、私だ。すまないな、こんな時間に。調べて欲しい人物がいる。最近例の病院に入院したと思われる人物だ。名前?東雲しのぶ。住所は…私のマンションの隣の部屋なんだよ…ああ。そうだ。可能性は高い」
電話を切った数分後、着信。
「どうだった?ああ、やはりそうか。…いや、たとえそうでも、無数にあるうちの1つだ…ああ、分かっているよ。私の忠義は、あのお方のためにある。色恋に溺れてそれを忘れる私ではない。あ、いやなんでもない。とにかく、また連絡する」
曽根崎は電話を切る。
「お隣の君よ。キミが転生者でなければ良いが…私はキミを、この手にかける事はしたくない」
曽根崎は自分の両手を見つめる。
そして、その手を握りしめた。
「しかし、私はこの忠義に背く事はない。全てはあのお方のために」




