第三章 -21-
「そうだったのですか。でも、父上はそれを拒んだのですね。私を……恐れていたから」
「ああ。お前が大友皇子様の怨霊の化身となって、自分と石上家に祟りをなすことを、父上は心から恐れていた。だから、できるだけお前を遠ざけ、呪われた大友皇子の血が石上家の血筋に残ることも嫌がったのだよ」
「それで、私の子にも後は継がせないと」
「本当は、すぐに乙麻呂を総領に据えたいと思っただろうが、あの頃の乙麻呂はまだあまりにも頼りなかった。藤原不比等殿の四人のご子息たちが鷹や隼とするなら、乙麻呂などほんの鶏の雛だ。彼らと争って朝廷での政争を乗り切っていくことなど、乙麻呂には到底できるわけがない。父上にはそれがよくわかっていた」
「だから、私にしばらく石上家を任せることにしたのですね。父上にとっては、とても不本意なことだったでしょうが」
堅魚は苦々しげに唇を噛み締める。だが、豊庭は意外なことを言った。
「そうではない。自分は父上から蔑まれているとお前は思っているのだろうが、それは違う。お前が難しい立場に立たされた石上家を支えていけるだけの器量のある人間であることを、本当は父上も良く知っておられたのだ。だからこそ、お前に石上家を継がせた」
「まさか」
「ここで最後に話した時、父上は私にこう言った。私はこれから黄泉国で大友皇子様にお会いするだろう。皇子様はきっとこの身を八つ裂きにされ、冥府の神に私の罪を告発するにちがいない。おそらく、私は地獄に落とされ、永遠にその劫火に焼かれることになろう。だが、私が堅魚のような人間をこの世に生み出したことだけは、大友皇子様も喜んでくださるのではないか……」
堅魚は目を見開いたまま、自分に向けられている豊庭の顔を見つめ返す。
まだ頭が混乱して、今は何も言えず何も考えられない。
ただ、堅魚の胸の中の一番奥に、これまで長い間凍りついていた冷たく重い氷が、少しずつ融けて流れていくのだけが感じられた。
「国盛はあの通り気の強い女だし、弟可愛さのあまりお前にはさぞかし辛く当たったことだろう。それでも、お前は父上から任された役目を、今まで立派に果たしてきたのではないのか。お前の働きに、父上はきっと満足しておられることだろう」
「そうでしょうか」
「ああ。それに比べれば、私は父上にとっては裏切り者だ。結局、石上家も父上も捨てて、私はここに残ったのだから」




