第三章 -22-
豊庭の眉が、苦渋に歪む。
再会してから内心ずっと不思議に思っていたことを、堅魚は豊庭に問うた。
「兄上は一体、どうしてここにおられるのですか」
「私と史が、この出雲へやってきてからのことは知っているか」
「土地の者たちに襲われ、怪我をした史と別れるところまでは、史の口から聞いています。兄上はその後稲目の窟戸へ行かれたのではないかと、史は言っていましたが」
「ああ。いろいろ苦労して、ようやく稲目の窟戸の在り処がわかったところだったからな。私に託された役目を果たすためには、とにかくそこに行ってみる他あるまいと思ったのだ」
「それで、窟戸の中へ入って?」
「そう。後は、きっとお前がここへ来た時と同じだったろうよ。ただ、私があの大巌を越えて黄泉比良坂へ入ったとたん、ちょうどどこかの国で地鳴りか津波でもあったらしくてね。身体が潰れたり、ぐっしょり水に濡れたりした死人の魂の群れが、大勢黄泉比良坂を降ってきた。私はその魂たちに飲み込まれ、気づかぬうちに黄泉国へと下っていたのだ」
それでは、兄はここより先まで行っていたのか。
堅魚は思わず豊庭に尋ねていた。
「黄泉国を見たのですか。それは一体、どんなところだったのです?」
だが、豊庭は暗い表情で、首を横に振りながら答える。
「それは、お前は知らぬが良い。ただ、黄泉国に入ると、すぐに大きな宮のようなものに突き当たる」
「宮? 奈良の都の宮城のようなものでしょうか」
「そうだな。ただ、その何倍も大きいようだったが。とにかく、そこは冥府の神の宮殿なのだそうだ」
「冥府の神といえば、伊邪那美の大女神?」
神話によると、夫であった伊邪那岐を取り逃がした後、伊邪那美は悔し紛れにこう言い放ったという。
お前の国の人間を、毎日千人ずつ絞め殺してやる。
それに答えて、伊邪那岐は言った。
それならば、私は毎日千五百人ずつ、この世に人間を産み出すことにしよう。
そう言い捨てて、伊邪那岐は何とか黄泉国を脱出した。
一人黄泉国へ取り残された伊邪那美は、そのままそこへ留まって、死者の国を司る神になった。
そして、黄泉津大神と呼ばれるようになったという。




