第二章 -24-
ようやく坂がなだらかになり、ところどころに潅木の生えた草原に出た。
ここを北に抜ければ、夕方に二人がいた脳の磯へ戻ることになる。
東へ向かえば、楯縫郡だ。頑張って一晩中馬を走らせれば、明け方までに郡家へ戻れないこともなかった。
だが、耳を澄ますと、早くも背後の山の中から蹄の響く音がする。
どうやら、佐底麿たちは側の林の中に馬を隠していたらしい。
追っ手の気配に気づいた麻奈古は、ふいに馬を止めて堅魚を呼び寄せた。そして、声を押し殺して囁く。
「西へ向かう。ついて参れ」
「どうして? 楯縫は東でしょう」
「追手が迫っている。楯縫に向かえば、途中に意保美の小川があるだろう。川を渡るのに手間取っているうちに追いつかれる」
確かに、ここへ来る時、その川を渡るのに少々苦労した。
大した川幅はないが、橋がかかっておらず、浅瀬もところどころにしかないのだ。ましてや、こんな夜中では、浅瀬の在り処などわかるはずもない。
「でも、西へ向かって、それからどうするのです」
「隠れることのできる場所がある」
「それは?」
「黄泉穴だ」
黄泉穴……それは、稲目の窟戸のことだった。
この土地の者はそう呼ぶのだと、郡家にいる時史から聞いていたのだ。
では、麻奈古は稲目の窟戸の存在を知っていて、しかもそこへ向かおうとしているのか。
「あそこなら、誰も追って来ない」
「どうして」
「あそこには、この辺りの人間なら決して近づかない。皆、あれに近づくと死ぬと信じているから」
「でも、あいつが諦めるでしょうか」
「佐底麿はただの臆病者だ。黄泉穴まで追ってくる度胸はない」
そう言っている間にも、背後の山道からは蹄の音が近づいてくる。
木々の隙間から、松明の明かりがちらちらしているのが見えた。
もう猶予はない。
麻奈古と稲目の窟戸へ行くのは計算違いだったが、麻奈古が言い出したことだから仕方がなかろう。
こちらを見つめている麻奈古に、堅魚は黙って頷いた。
そして、同時に馬へ鞭をくれると、二人は西に向かって走り始めた。




