第75章
法律、弁護士、会社、裁判所、裁判官という果てしない荒野をさまよった五年は、どの方向にどれだけ進んでも、最後は何もない、という痛ましい現実をアイリーンに残した。実際、このすべての年月と努力の成果は、孤独な生活、訪ねて来る本当の友人がひとりもいないこと、当然の要求が次々に裁判で敗れたこと、そして最後にこの家が象徴だった壮大な夢が露と消えたのを完全に理解したこと、だった。大邸宅、アートギャラリー、絵画、その他すべてのものを管財人のカニンガムに譲渡して引き渡した代償として、債務が返済された後でアイリーンの財産として残ったものは、八十万ドルと全個人財産の三分の一の寡婦産権だけだった。法律と企業と遺言執行人たちは、狼のように絶えずアイリーンをつけまわし、とうとう土壇場まで追い詰めてしまった。アイリーンは、見知らぬ人たちへの競売にかけられるようにするために、今や自分の家から引っ越さなければならなかった。
しかし、マディソン・アベニューに選んだアパートへの引っ越しが完了しないうちから、家は、ありとあらゆる品物に適切なカタログ番号のタグを付けている、競売人の代理人でごったがえした。ワゴン車がやって来て、三百もある絵画を、二十三番街のリバティ・アートギャラリーに持ち去った。コレクターたちがやって来て、思いを巡らせながら歩き回った。家とギャラリーの完全な目録を作成して裁判所に提出するのが自分の義務である、と管財人のカニンガムが説明するのをやむなく聞きながらアイリーンは病に伏して悄然としていた。
その後、翌週の水曜日から三日三晩続けて、家具、青銅器、彫像、天井やドア上のパネル、豊富なコレクションを含むありとあらゆる美術品が処分されるという新聞発表があった。場所:五番街八六四番地。競売人:J・L・ドナヒュー。
いらいらして考えがまとまらないまま、アイリーンは私物を集めながら右往左往して、数少ない忠実な使用人にアパートまで運んでもらった。
クーパーウッドの所有物に対する市民の関心や好奇心は日増しに高まった。この家に立ち入る整理券の需要は、競売人が対応しきれないほど大きかった。展示場と販売場の両方に入場料が一ドルかかったが、関心を持つ人たちには何の妨げにもならないようだった。
リバティ・アートギャラリーで売却が始まった日、会場は競売場から見物席まで混雑した。特定の名画が出品されると、ものすごい拍手が起こった。その一方で、クーパーウッド邸も大変だった。そこで販売される品物のカタログには、番号が千三百以上あった。そして、いよいよ競売の日が来ると、期間中はずっと、自動車、タクシー、馬車は五番街と六十八丁目の縁石にくっつくように進んだ。大富豪のコレクター、有名な芸術家、社交界でも高名な女性たち……昔は彼女たちの車がそこにとまることは絶対になかったのに……全員が、アイリーンとフランク・クーパーウッドの美しい私物を競り落とすために中に入れろと騒いでいた。
かつてはベルギー国王に所有され、八万ドルで購入された黄金のベッド台、アイリーンの浴室にあった五万ドルもしたピンクの大理石の浴槽、アルダビールのモスクから取り寄せたすばらしいシルクのカーペット、ブロンズ像、赤いアフリカの花瓶、ルイ十四世時代の金箔のソファー、同じくルイ十四世時代のアメジストとトパーズの飾り玉をあしらったカット水晶の枝つき燭台、精巧な磁器、ガラス器、銀器、カメオ細工や指輪やブローチやネックレスや宝石や置物などの小物。
彼らは部屋から部屋へ、大きな部屋に響き渡る競売人の景気のいい声について行った。ロダンの『キューピッドとプシュケ』が五千ドルでディーラーに売られるのを目撃した。ボッティチェッリに千六百ドルの高値をつけた入札者は千七百ドルの声に負けた。紫色の服を着た大柄で印象的な女性は、ほとんどの時間、競売人の近くに立ち、なぜかいつも出品物に、それ以上でも以下でもない三百九十ドルの値をつけた。群衆がロダンの像を見ようと競売人にひっついてパームルームに殺到したとき、競売人は「ヤシにもたれないでください!」と声をかけた。
競売の期間中にブルーム型の馬車が五番街を二、三度ゆっくりと行き来した。それには孤独な女性が一人乗っていた。女性は、クーパーウッド邸の入口に進んでいく自動車や馬車を眺め、家に通じる踏み段に群がる男女を見つめた。これは彼女にとって大きな意味があった。なぜならば、彼女は自分の最後の戦い、それまでの野心との最終的な決別、を見とどけていたからだ。二十三年前、彼女はアメリカで最も魅惑的な美女のひとりだった。ある程度は昔の精神と態度のようなものを保っていた。抑えられはしたが、まだ完全に潰されたわけではなかった。しかし、フランク・アルガーノン・クーパーウッド夫人は競売に立ち会わなかった。自分がとても大事にしていた宝物が買った人に運び出されていくのを見守り、時折、競売人の声が叫ぶのを聞いた。「おいくらですか? おいくらですか? おいくらですか?」結局、もう耐えられないと判断して、運転手にマディソン・アベニューのアパートに帰るよう伝えた。
三十分後には、無言のまま、無言の必要性を感じながら、寝室で独りで立っていた。魔法のようにあったすべての痕跡がこの日に完全に消えたのではなかった。まだアイリーンが独りいる。たとえ本人が望んでも、クーパーウッドが帰ることはない。
そして一年後、アイリーンは突如また肺炎に襲われてこの世を去った。アイリーンは死ぬ前にジェームズ医師に手紙を送った。
もしよろしければ、主人の願いどおり、あたしが主人の隣に埋葬されるよう見届けてください。これまでの度重なる非礼をお許しいただけますか? 口にするのも憚られる惨めな境遇のなせるわざでございます。
そして、ジェームズは、手紙を折りたたみ、何をいまさらと考えながらも内心では思った。いいとも、アイリーン、そうするからね。




