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ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
73/79

第73章

 

 クーパーウッドを看病して見送った後、ベレニスは精神状態が不安定だったので、イギリス滞在中に閉鎖していたパーク・アベニューの自宅に移るのが一番いいと判断した。自分の将来が定かではない今は、地元の新聞の詮索の目から逃れるための隠れ家として、少なくとも一時的にそこを利用するつもりだった。ジェームス医師は、彼女は去ってしまったので現在の居場所は知らない、と正直に言えるのであればそれが自分にとっても一番いいと考えたので、ベレニスの決定に同意した。その後、この策略はうまくいった。ジェームズは新聞が知っていること以外自分は何も知らないと何度も答えたので、彼に関する限り、問い合わせは途絶えた。

 それにもかかわらず、時折、彼女の失踪だけでなく、いそうな場所について言及する記事が出回り始めた。彼女はロンドンに戻ったのだろうか? そして、それを確認するためにロンドンの新聞は、ベレニスがプライアーズ・コーブの以前の住居に戻ったかを問い合わせた。一連の質問の末に出たのは、母親はそこにいたが、娘の予定については何も知らない、情報が入るまで新聞は待つしかないと言った、という物足りない記事だった。この回答が出たのも、自分から連絡があるまでは、一切情報を提供しないでほしい、と母親に頼む電報をベレニスから受け取ったからだった。

 ベレニスは記者を出し抜いて多少の満足感を得たものの、自宅で孤独をかこっていると気がつき、夜はほどんど読書に費やした。しかし、自分のことと、クーパーウッドとのこれまでの関係を全面的に扱ったニューヨークの日曜紙の一紙の特集記事にはショックを受けた。ベレニスはクーパーウッドの被後見人として言及されていたが、記事の全体的な趣旨は、個人的な安らぎと社会的な楽しさをいろいろと促進するために、自分の美貌を利用した日和見主義者として取り上げる傾向があった。これはベレニスを苛立たせ、とても苦しめた。このときもこれ以前も、ベレニスは自分でもわかっていたように、人生の美しさと、その経験を広げて大きくする創造的な偉業に全面的に関わっていた。しかし、今感じているように、この種の記事は、国内だけでなく海外の他の新聞でも繰り返され、転載されるかもしれない。自分がロマンチックでドラマチックな人物として取り上げられるのは明らかだった。

 これについて自分に何ができるだろう? こういう世間の目から逃れるには、どこに住めばいいのだろう? 

 戸惑いと、多少混乱した精神状態の中で、ベレニスは自宅の書庫を歩き回った。書棚には長い間放置されてきた本がぎっしりと並んでいて、その中の一冊を無造作に取り出して何気なく開くと、次のような言葉に目が行った。

  

 

 自分の一部は、あらゆる生き物の中にいる神である、

 その性質を永遠に保ちながらも、分離しているように見える、

 衣服のように、心と五感をまとっている

 素材はプラクリティである。

 主が肉体を着るとき、あるいは主がそれを投げ捨てるとき、

 主は、心と感覚を携えて、現れ、あるいは去って行く、

 主と共に去る、

 風が花から香りを奪うように。

 耳と目を光らせて、取り仕切っている、

 触覚、味覚、嗅覚の背後にいる、

 心の中にもいる、

 感じるものを楽しみ、苦しむ。

 肉体に宿り、離れ、グナを備える、

 その気分や動きを知っているのに、見えない、

 無知な者には常に見えないが、賢者には見える、

 賢いその目で。

 

 精神的な修練の実践を通して平穏を獲得したヨガ行者たちは、自分の意識の中に神を見る。しかし、平穏と識別力のない者は、たとえそうしようと懸命に努力しても、神を見つけることはない。

  

 これらの考え方がとても印象的だったので、ベレニスはタイトルを確認するために本を裏返した。これが、バガヴァッド・ギーターだとわかると、ベレニスはある晩、ステイン卿の都市部の屋敷で催されたディナーの席で、セヴェレンス卿がこのテーマですばらしい話をしたのを思い出した。ベレニスはインド滞在について語ったセヴェレンスの迫真の描写に深い感銘を受けた。彼はかなりの期間、ボンベイ近郊の隠遁所で修道生活を送り、グルと一緒に修行をしていた。ベレニスは彼の印象に、どれほど心を動かされたかを思い出した。自分もいつかインドに行って同じことをしたいとそのとき願ったのだ。そして今、迫りくる社会的な孤立を前にして、どこか逃げ込める場所を探したいと一層強く感じた。事実、これは今の複雑な問題の解決になるかもしれなかった。

 インド! どうだろう? そこに行こうと考えれば考えるほど、その考えは魅力的になった。

 書棚で見つけたインド関連の別の本によると、大勢のスワーミー、大勢のグル、つまりは人生や謎や神について教えたり説明したりする者がいて、自分たちで山や森の中に、人生の驚異や神秘の意味を追求する悩める探求者向けのアーシュラマや隠遁所を作っていた。もし学んで理解すれば、悲しみや挫折や落胆のときに自分を蝕む病くらいはすぐに払い除けてしまう、自分の中の霊的な資質を学ぶのである。こういう偉大な真理を教えてくれる人なら、自分を永久に飲み込むかもしれない孤独と影の暗い時間を払い除けるのに十分な、光だか精神的な平和の領域に自分を導いてくれるのではないだろうか? 

 インドに行こう! 頭の中で決めていたように、ベレニスはプライアーズ・コーブを閉鎖した後、もし行きたければ母親も連れて、ロンドンからボンベイへ出航するつもりだった。

 翌朝、自分の決定についての意見を聞きにジェームズ医師を訪ねた。現地で修練する自分の計画を話すと、驚いたことに、彼は実にいい計画だと言ってくれた。彼自身も同じように野心にずっとそそのかされてきたのだが、ベレニスほど自由には、そういう機会を利用できないだけだった。これはあなたに最も必要な避難所と気分転換になるでしょう、とジェームズは言った。実際、彼は、社会や個人の問題で体と精神にひどい不調をきたした患者を数名かかえたことがあった。そこでニューヨークのあるヒンズー教のスワーミーのところに行かせたところ、その後彼らは完全に健康を取り戻して彼のもとに帰ってきた。彼が気づいたように、自己ではないというもっと大きな思考の中で失われた、自己という限られた思考には何かがあって、それが神経質な人に自己を忘れさせて健康をもたらした。

 ベレニスは、自分の決定にジェームズの賛同を得たことにとても勇気づけられ、留守にするパーク・アベニューの家の管理をすぐに手配して、ニューヨークを立ちロンドンに向かった。

 


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