表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
62/79

第62章

 

 こういう次第で、さらに二週間後にジェームズ医師がプライアーズ・コーブに到着した。クーパーウッドがテムズ川を一望する寝室で快適に静養しているのを見て、立ち止まって言った。「どうやら、フランク、この窓からの美しい景色を楽しめないほどのひどい病状ではなさそうですね。きみには起きてさっさとニューヨークに行ってもらって、私はここまで来た苦労から回復するまで、ここでのんびり羽根を伸ばさせてもらいたい、と提案したい気持ちが半分あるんだ。休暇なんて何年もご無沙汰だったものでね」

「旅は楽しくなかったんですか?」クーパーウッドは尋ねた。

「人生でこれほど嬉しい気分転換はありませんでしたよ。そりゃ、すばらしかった。海は穏やかだし、吟遊楽人の一座が乗り合わせていて、とても楽しませてくれました。その連中はね、聞きたいですか、ウィーンに向かってました。しかも半分は黒人でしたよ」

「ジェフは昔と同じだね!」クーパーウッドは言った。「また会えてうれしいよ! 一度思うと何度でも思うんだが、きみもここにきてイギリス人の変わったところを研究するといいですよ!」

「それにしても、そんなにひどいんですか?」ジェームズは面白がって言った。「それより、この件についてすべてを始めから話してくれませんか。どこで、どうして、こんなことになってしまったんですか?」

 すると、クーパーウッドは、ウエイン医師と専門医の見解を交えて、ノルウェーから戻って以降の自分の生活や仕事の出来事をゆっくり慎重に話し始めた。

「こういうわけだから、きみに来てほしかったんだ、ジェフ」クーパーウッドは締めくくった。「きみなら、私に真実を話してくれるだろうからね。専門医はブライト病かもしれないと言いました。ウェイン先生は、専門医の診断が必ずしもいつも正しいとは限らないと言いましたが、専門医は実際に、長くても一年半以上は生きられないかもしれないと言ったんです」

「そうですか!」ジェームズ医師は力強く言った。

「ウェイン先生の意見は」クーパーウッドは続けた。「安心だと私に早合点させたのかもしれません。ステイン卿のところで祝賀会があって、私がきみに説明した不穏な出来事があるまで、そう長くはかからなかった。突然息切れして、部屋から連れ出してもらわねばならなかったんです。それでウェイン先生の診断にかなり疑問を覚えました。でも、こうしてきみがここにいるわけだから、私としては、真実を話してもらい、正しい方向に導いてほしいんです」

 ここで、ジェームズ医師は前に出て、両手をクーパーウッドの胸にあてた。

「さあ、どれくらい深く息を吸い込めるかやってみてください」その指示に従ってクーパーウッドが精一杯努力をしてから、医師は言った。「なるほど、少し胃が拡張してるな。これは何とかしないといけませんね」

「命にかかわる病気にかかっていそうですか、ジェフ?」

「先走っちゃいけないな、フランク。どうせ、いくつか検査をしなくちゃいけないんだ。でも、これだけは言える。きみはすでに二人の医師と三人の専門医に診てもらい、これが原因で死ぬかもしれないし、死なないかもしれない、ことを知った。きみは知ってるだろうが、そうかもしれないとそうでないかもしれない、確実と不確実の間には常に大きな差がある。そして病気と健康の間にも常に大きな差がある。しかし、今ここできみを見て、きみの体の調子の全体を考えてみた限りでは、あと数か月、もしかしたら数年はこの辺にいそうなんだがね。きみを検査して、きみのために何が一番いいかを考える時間を私にくれないとね。それまでにだ、明日の朝、かなり早く、精密検査をしにここに戻ってきます」

「ちょっと待ってくれ!」クーパーウッドは叫んだ。「私としては、きみには私たちと一緒に、つまり私と被後見人のフレミングさんと彼女の母親と一緒に、ここにいてほしい」

「お招きはありがたいんだが、フランク、今日はいられないな。たまたまなんだが、きみに取り掛かる前に、ロンドンで見つけないとならない薬が一つ二つあるもんでね。でも、午前の十一時頃には戻ってくる。その後なら、お望みとあらば、頭はともかくせめて体がよくなるまでご一緒するよ。だけど今はシャンパンはいけないよ、現実問題として、少なくともしばらくはどんな種類の酒も駄目だ。食べ物も駄目だ、クリームスープやバターミルクをたっぷり使ったものは除くがね」

 そこで、ベレニスが部屋に現れて、クーパーウッドから紹介された。ジェームズ医師は、ベレニスに挨拶してからクーパーウッドの方を向いて叫んだ。

「こんな万能薬が枕元にあるのに、よくもまあ病気になれるものだ! 朝早くここに来ますからね」

 その後で、自分が戻ってきたら、お湯、タオル、隣の部屋で見かけた燃えさかる暖炉の炭が必要になると、とても専門的にベレニスに説明した。

「治療薬がここにあったのに、はるばるニューヨークから治療しにやって来るなんてね……」ジェームズは笑顔でベレニスに言った。「この世界ときたら馬鹿馬鹿しくて役に立ちゃしない」

 相手がどれだけ賢くて明るいかがわかるとベレニスはすぐに気に入ってしまい、フランクがいつも自分に引き寄せている大勢の強くて面白い人たちのことを考えた。

 クーパーウッドとさらに個人的な話をしてから、自分の大きな経営上の義務感それ自体が、ある種の病気を構成しているとクーパーウッドに感じさせてから、ジェームズは街に向かって出かけた。

「こういういろんな問題が、きみの心を蝕むんだよ、フランク」ジェームズは真剣にクーパーウッドに話した。「脳は思考し、創造し、指示を出す器官だ。致命的な病気もそうだが、多くの問題を引き起こす可能性がある。心配もそのひとつであり、きみは今その病気にかかっているんだと思う。私の課題は、それが真実であることと、きみにとってきみの命はどんな地下鉄のシステムが十あるよりも貴重なことを、きみにわかってもらうことなんだ。きみがあくまで仕事を第一にしたいのなら、どんな薮医者だって、その年齢なんだからきみが死ぬ可能性は高い、と正直に断言できるよ。だから今の私の課題は、きみの心を地下鉄から遠ざけて、本物の休養を取ってもらうことなんだ」

「できるだけそうするよ」クーパーウッドは言った。「だか、この重荷は、きみが想像するほど簡単には下ろせないんでね。これは、私に全幅の信頼を寄せてくれた何百人もの人たち、さらには自分たちの近所の限られた地域を越えて旅行することができなかった何百万人ものロンドン市民の利益に関係することなんだ。私の計画が実現すれば、彼らは二ペンスもあればロンドンのどこにでも電車でいけるし、自分たちの街がどんなものなのかをよくわかるようになるんですよ」

「それではきみが死んでしまうぞ、フランク! もしきみの寿命が突然尽きたら、そのときロンドン市民は、どうなるんだい?」

「私が生きていようが死のうが、私が死ぬ前に、この地下鉄の計画が完全に稼働してしまえばロンドン市民は安泰だ。そうだよ、ジェフ、私は自分よりも仕事を優先するんだ。実際、私が始めたこの事業は、すでに大きく成長したので、それに不可欠な者は誰もいません。この私でさえもね。だけど、もし私のアイデアを実現する間生きながらえることができれば、私にできることはたくさんあるんです」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ