第61章
翌朝、ステインの部屋で目が覚めたとき、クーパーウッドはとても礼儀正しい使用人の出入りを除くと、自分がそのときひとりでいることに気がついた。あっという間に自分の身に起こったすべて出来事のかなり不穏な局面の数々を、頭の中で振り返り始めたのは、このときだった。体の健康状態については割りと安心していたのに、あまりにも突然、自分の病気を知らされて少し驚いた。
自分がこの致命的なブライト病にかかったことは、やはり事実なのだろうか? ミドルトン医師が来た時点では、自分の衰弱の問題を話し合うほど十分注意していなかった。まず、今、思い出したように、激しい息切れを感じて、最終的に体に力が入らなくなって倒れてしまったのだ。ウェイン医師が以前、解説したように、腎臓の状態のせいなのか、それとも、シャンパンの飲み過ぎ、食べ過ぎだったのだろうか? そう言えば、医師は、水以外は何も飲まないこと、食事はごく控えめに、と強く言っていた。
自分のことで自分が正しい方針をとっていることを確認するために、ニューヨークにいる旧友で主治医のジェファーソン・ジェームズに、すぐにロンドンに来てくれるよう、ベレニスに電報を打ってもらうことにした。この信頼できる友人なら、自分の本当の状態について自分を納得させてくれるだろう。
クーパーウッドがゆっくりと、やや冷静に状況を見極めていると、ドアをノックする音がした。ステイン卿が自分の登場をとても明るく優雅なものにしながら入ってきた。
「お目覚めですか!」ステインは叫んだ。「あなたがいて、美しい娘ぞろいで、シャンパンまでありましたからね! 考えてみれば! 本当に恥ずかしくないですか?」クーパーウッドは満面の笑みを浮かべた。「ついでに言いますが」ステインは続けた。「少なくとも二十四時間、あなたに厳罰をくだすよう命じられました。シャンパンは厳禁です! 代わりに水をどうぞ! キャビアも穀物も駄目です。牛肉の細切りだけです、そして水分をとってください! まあ、倒れそうになったら、薄粥と、お水でしのいでください!」
クーパーウッドは起き上がった。「それじゃ虐待ですよ」と言った。「しかし、おそらく、私に出していいのは、水とお粥と言われたのでしょう。それはさておき、ここだけの話、ミドルトン先生があなたに言ったことを教えてくれませんか」
ステインは答えた。「先生が本当に言ったことは、あなたは自分がいい歳なのを忘れていることと、シャンパンとキャビアは今のあなたでは消化できないことです。あと、日の出まで踊り明かすこともできません。だから、うちのピカピカのダンスホールの床でころんだりするんですよ。それと、ミドルトン先生があなたの様子を見に来ます。過労以外の深刻な問題は見つからないと言ってますが、それならすぐに改善できますね。それから、あなたのすてきな被後見人が間もなくいらっしゃいます。昨晩お泊りになるよう勧めたところ、そうなさったんです。もちろん、言うまでもありませんが、ミドルトン先生の診断にもかかわらす、私共々大変な心配ようでした」……これを受けてクーパーウッドはきっぱり断言した。
「でも、私には何も深刻な問題はありません。新品とまではいかないかもしれませんが、まだそれに近い状態ですよ。そして、仕事となったら、どんな問題にでもすぐに対処できます。現に、我々の問題がちゃんと管理されているかどうかは、ここまで結果から、あなた自身で判断できるはずです」
相手の口調に少し非難じみたところがあるのにステインは気がついた。
「その成果はすばらしいものでした」ステインは言った。「あなたのような提案を持ってここに来て、アメリカの投資家から二千五百万ドルの資金調達ができる人に、私からは称賛以外の何もできません。そして、あなたが関心を示し、尽力してくださったことに対し、私は喜んで自らと、我々の投資家の分まで感謝の意を表します。唯一の問題はですね、クーパーウッドさん、そのすべてが、あなたというアメリカ人の大きな双肩と、あなたが引き続き健康で元気でおられること、にかかっていることです。これは重要なことですからね」
ここで、ドアをノックする音がして、ベレニスが現れた。挨拶と軽い会話を交わしてからステインは、一週間でもひと月でも好きなだけ滞在してくださいと二人に言った。しかし、クーパーウッドは、静かな休息もいいが、際どい私生活も必要だと考え、すぐに帰ると言った。ステインがいなくなってから、ベレニスに向かって言った。
「そんなにひどい気分ではないよ。でも、どんな形であれ世間の注目を避ける必要があるから、できるだけ早くここを離れたい。もし私が選んでいいならホテルよりもプライヤーズ・コーブに行きたい。午前中にここを出られるよう、ステイン卿に話をつけておいてくれませんか?」
「わかりました」ベレニスは答えた。「あなたがそうしたいのなら。あなたが近くにいてくれた方が、私も気分がいいですもの」
「もう一つあるんだ、ベヴィ」クーパーウッドは言った。「ニューヨークにいるジェファーソン・ジェームズ先生に電報を打つよう、ジェーミソンに伝えてほしい。昔からの主治医で友人なんだ。できればロンドンに来るように頼んでほしい。ジェーミソンには極秘に暗号で伝えてください。先生とはニューヨーク医師会で連絡がとれます」
「それでは、自分でもどこか悪いところがあると感じてるんですね?」ベレニスの口調には緊張が現れていた。
「そうじゃない! いずれにしてもそんなに悪くはないが、このとおり、本当に悪い原因は自分でもよくわかりません。また、公共の仕事が関係するから、ひとりの人間がはっきりとした理由もなく突然倒れたら、誰だって、特に私の株主や投資家たちに異常事態と思われるかもしれない。昨晩のことは少し暴飲暴食だったかもしれません、特にシャンパンがね。しかし、以前はあんな風に感じなかったことも確かです。だから、どうしてもジェファーソンに会いたいんです。先生ならわかるだろうし、私に本当のことを言ってくれる」
「フランク」ここでベレニスはさえぎった。「前回ウエイン先生の診察を受けたとき、あなたは言ってくれなかったけど、先生は何て言ったの? 専門医たちの診断書には何てあったの?」
「ああ、ウエイン先生は、あの時私が感じた痛みはブライト病に少し関係があるかもしれないが、確証はない、理由はブライト病は二つ、慢性と急性がある、私のは、どちらでもない、専門医が正しい診断をくだせるようになるまでは、何らか深刻な事態に進展するかどうか、様子を見るしかない、と言ったんです」
「じゃ、それなら、ジェームズ先生に来てもらうのがいいわね。明日ジェーミソンに電報を打ってもらいましょう。いずれにせよ、ジェームズ先生が太鼓判を押してくれるまで、プライアーズ・コーブにいるといいわ」
ベレニスは窓際に行ってカーテンを引いて、朝のうち出発するのに必要な準備をすべて整えて来るまで、しばらく休んでいるようにクーパーウッドに頼んだ。しかし、その間でさえ、ベレニスの心はクーパーウッドのこの大事と戦っていた。表面的には優しく振る舞っていても内心は震えていた。
ベレニスがプライアーズ・コーブへ行くことに決めたのを報告したとき、ステインは「あなたの言うとおりです」と言った。「過去に何度も私に影響を与えてくれましたから、きっとクーパーウッドさんにも癒やしの効果がありそうですね。ましてや、お母さまもそこにいるわけですから、あなたも助かるでしょう。よろしければ、朝のうちに私がお連れいたしますよ。クーパーウッドさんは私にとっても大事な方ですから、快適ですみやかに回復するかもしれないことを見すごしにはできません」




