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ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第59章

 

 クーパーウッドがロンドンに戻ってきたとき、ベレニスはそのあまりの変わりように驚いた。すっかり疲れ果てた様子で、明らかに体重がおちていた。ベレニスは、彼が自分の健康管理を怠っていることと、自分がろくに彼と会っていない事実についてクーパーウッドに不満をぶつけた。

「フランク」ベレニスは愛情の込もった口調で話し始めた。「どうしてこんなことに自分の時間とエネルギーをそんなにたくさん使うの? とても張り詰めてぴりぴりしているみたいだわ。これ以上進まないうちに医者にかかって精密検査をしてもらうべきだと思わない?」

「ベヴィ」クーパーウッドはウエストに腕をまわしながら言った。「そんな心配はいりませんよ。働きすぎなのはわかってます。でも、これはすぐに終わるし、とにかく当分はこれ以上多くの仕事に煩わされる必要はなくなるでしょう」

「でも、本当に体調はいいんですか?」

「ええ、ベヴィ、大丈夫だと思います。とにかく、開発の特にこの段階はとても大事なので、私が自分で注意を払わなければならないと思うんです」

 しかし、そう言いながら、クーパーウッドはまるで突然の痛みに襲われたように前かがみになった。ベレニスは叫びながらそばに駆け寄った。「フランク、どうしたの? どこが悪いの? これまでにも、こういうことがあったの?」

「いいや、全然なかったよ」クーパーウッドは言った。「でも、別に深刻なことじゃないよ、きっと」やがて、そこそこ回復した。「もちろん、こういう鋭い痛みを引き起こす原因があるにちがいない。ウェイン先生に電話して、往診してもらった方がいいかもしれないな……」と言うとさっそくベレニスが電話に向かった。

 到着すると医者はクーパーウッドがあまりにもやつれた様子なので見て驚いた。ざっと検査をして、すぐに調合すべき処方箋を書き、翌朝、精密検査を受けに来るよう求めると、クーパーウッドは了承した。しかし、一週間のうちに、ロンドンの最高の専門医が二名、ウェイン医師に呼ばれ、その結論が告げられると、クーパーウッドはひどい腎臓病が進行していて比較的短期間で致命的な結末を迎えるかもしれないことを知ってショックを受けた。医師は、クーパーウッドに休養をとり、進行を遅らせるための処方薬を服用するよう命じた。

 しかし、数日後に体調を報告しにウェイン医師の診療室を訪れたとき、クーパーウッドは、気分はよくなり、食欲は正常のようだと医師に伝えた。

「この病気で厄介なのはですね、クーパーウッドさん」ウェイン医師は、ここで静かに言った。「症状が変わっていて、病気による痛みが時々、一時的にとまることがあるんです。だからといって、患者が治ったわけでも、良くなったわけでもありません。痛みがぶり返すかもしれません。このせいで、我々、専門医もよく確定的で不安にさせる予測を立ててしまいます。専門医でも常に正しいとは限らないんです。それどころか、患者はよくなって何年も生きるかもしれません。その一方で、悪化するかもしれません。それがこの病気の対応を難しくしている条件のひとつなんです。だから、クーパーウッドさん、そういうわけで、私も思ったようには、はっきりと申し上げることができないんですよ」

 ここで、クーパーウッドは口を挟んだ。

「私に何か言いたいことがありそうですね、ウェイン先生。それに、私が一番に、専門医の診断がどういうものか正確に知りたいんです。それがどんなものだろうと、知りたいんです。私の腎臓はそんなに悪いんですか? 命にかかわる機能障害があるんですか?」

 ウェイン医師はじっと相手を見つめた。

「まあ、専門医の所見では、安静にして激しい仕事をしなければ、あなたは一年やそこらは生きていられるかもしれません。細心の注意を払えば、もっと長生きできるかもしれません。あなたのは、慢性腎炎かブライト病ですね、クーパーウッドさん。でも、説明したように、これが常に正しいとは限りません」

 この慎重に考えた返答は、ほぼ健康一筋の人生で初めて、今、致命的な病気の可能性の告知に直面したにもかかわらず、冷静に、思慮深く、クーパーウッドに受けとめられた。死! おそらく余命はもう一年もない! 自分の創造性に富んだ労働のすべてが終わる! そうなるというのなら、そうなるのだ。気を引き締めて、それを受けとめなければならない。

 診療室を出た後クーパーウッドは、自分の溶体よりも、人生で自分と親しい関係にあった数名の人たち、アイリーン、ベレニス、シッペンス、息子のフランク・クーパーウッド・ジュニア、最初の妻のアンナ(現ホイーラー夫人)、何年も会っていなかったが、それでも長期にわたって十分にものを与えてきた娘のアンナ、に最後の別れを告げることを気にしていた。そして、義務を負う人たちがいた。

 その日遅くプライアーズ・コーブに行く途中で、クーパーウッドはすべての問題を整理する必要があると頭の中で繰り返し考えた。たとえこの専門医たちが間違っていたとしても、まず今すべきことは遺言を作ることだった。自分の身近な者全員に財産を与えなければならなかった。それから、一般に公開するつもりの秘蔵のアートギャラリーがあった。ニューヨークに作りたいといつも熱望していた病院もあった。それについて何かをしなければならなかった。いろいろな相続人や優遇した受益者に支払いを済ませた後でも、お金がなく他に頼る場所がない者全員に最高の医療を提供する病院を作れるくらいのものはまだ残るはずだった。

 それと、自分とアイリーンのために建てたい墓の問題があった。建築家に相談して、美しくてふさわしい設計をしてもらわねばならなかった。これが、アイリーンを軽視しているように見えることを何かの形で補うかもしれない。

 しかし、ベレニスはどうしよう? 今の状態では、公然とベレニスに遺言を残せなかった。新聞の詮索や一般大衆の避けがたい嫉妬の前に彼女をさらしたくなかった。この問題は別の方法で解決するつもりだった。すでにベレニスにはゆとりある生活を送れるだけの信託資金を設定済みで、さまざまな企業で保有していた債券や株式の追加分を現金化して、その現金を譲渡するつもりだった。数年後にお金がなくなる危機が訪れてもこれが保証してくれるだろう。

 しかし、こうしているうちに、乗り物がプライアーズ・コーブに到着した。考えていたいくつもの悩みが、愛情深く微笑んで、医者の見立てを聞きたがっているベレニスの出現で中断された。しかし、いつものように、独りで、自分に厳しく、クーパーウッドはベレニスの質問をあまり大きな問題ではないとして聞き流した。

「どうってことはありません」彼は言った。「ちょっとした膀胱炎、おそらく食べすぎによるものです。処方箋をくれて、仕事を軽めにするようアドバイスしてくれました」。

「ほらね、やっぱり! 私がずっと言ってきたことだわ! もっと休むべきよ、フランク、そんなに体を酷使し続けてちゃだめよ」

 しかし、ここで、クーパーウッドはうまく話題を変えた。

「酷使って言いますが」彼は言った。「このあたりの誰かが、雛鳩や、今朝あなたが話していたワインの特別なボトルのことで、何かをしているのは……?」

「ああ、救いがたい人ね! ほら、フェニエがテーブルの支度をしに来るわ。私たち、ディナーはテラスで食べているのよ」

 クーパーウッドはベレニスの手をつかんで言った。「いいかい、神さまは正直者と働き者を守ってくれるんだから……」

 明るく手をつないで、二人は一緒に家の中に入っていった。

 


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