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ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
54/79

第54章

 

 ニューヨークに出航する前に、クーパーウッドはトリファーと話をした。トリファーはこの展開に関して自分が潔白であることを説明した。さらには、自分に関することでは口は閉じ、クーパーウッドが言ってほしいことを言うときしか開かないつもりだった。

 五日後にニューヨークに到着したクーパーウッドは、小さな目録をいっぱいにするほどの質問をかかえた新聞の記者団に出迎えられた。目的は、ロンドンの地下鉄を買い増す資金集めですか、それともアメリカの路面鉄道株の残りの処分ですか? ロンドンで何の絵画を購入したんですか? ターナーの『のろしと青い光』に七万八千ドルを支払った話には何か意味があるんですか? 絵画に関連しますが、ご自分の肖像画の代金に二万ドル支払うとある画家と合意しておいて、いざ完成したら三万ドルも送ったのですか? これまでのところで、イギリス流のビジネスのやり方をどうお考えですか? 

 このすべてのことから、これまでにないほど自分に公人としての関心が寄せられているのに、まだ自分に関連したスキャンダルが痕跡もないことに気がついた。したがって、少なくとも、抜かりなく、できるだけ、自分を傷つけない質問には答えようという気持ちが強くなった。

 クーパーウッドによると、ロンドンではすべてが順調に進んでいた。実際に、ロンドンの地下鉄は一九〇五年一月までに電化されて、運行されると思っていたので、当然のように誇らしかった。また、資本金は八千五百万ドル、路線の距離は百四十マイルになる。そして、現在、世界最大の発電所を建設中なのも事実で、それが完成すれば、ロンドンは世界一の地下鉄を持つことになる。イギリスについてクーパーウッドは、自分のような、こういう大規模な事業計画に対するイギリス人の姿勢は、アメリカ人の姿勢よりも優れている、イギリス人は大きな建設を伴う計画の重要性を理解しているようで、運営権を認める場合は、期間を限定するのではなく永続的に認められる、それが、大きな創造的目的を持つ人に、永続的なものを建設する機会を与えている、と力説した。

 絵に関しては、そのとおり、前回ニューヨークに来てから何点か購入していた。ワトー、J・レーノルズ(オブライエン夫人の肖像)、フランス・ハルスを持ち帰っていた。さらに、そうです、二万ドルしか渡す必要はなかったが、問題の画家には肖像画の代金に三万ドルを支払っていた。しかし、その画家は、慈善団体に寄付してほしいと言って一万ドルを返してよこしたんです……これを聞いて記者たちは驚きの声をあげた。

 新聞全紙に大々的に報じられたこうした事実の大きさは、二日前に別の名前で到着したばかりのアイリーンに感銘を与えずにはいなかった。怒りは収まらなかったが、当初の計画が妙案か考え直す気にさせられた。夫が購入している絵画が何だというのかしら? さらに美術品を収容することを視野入れて、ニューヨーク邸を拡張するかもしれないと最近話していたことを思い出した。もしそうなれば、暴露と、迫られた離婚訴訟が、自分以外の女性が有利になる計画の変更へとクーパーウッドを追いやるかもしれない。これは数年前に直面して負けた同じジレンマだった。

 しかし、クーパーウッドはアイリーンの脅しを額面どおりに受けとめてニューヨーク滞在中は五番街の住居ではなくウォルドーフ=アストリアを本拠地にするのが一番いいと思った。いったん落ち着いてから、電話でアイリーンに連絡をとろうとしたが、うまくいかなかった。というのもアイリーンは、彼女にとっては許しがたく思えるクーパーウッドの犯罪のことで、クーパーウッドが来ても話さないと心に決めていて、ニューヨークの弁護士にお願いして来てもらうほどだった。しかし、クーパーウッドの行動を報じ続ける新聞を読むことで、時間が経つにつれ、感情に変化が生じた。当然、彼の成功を誇りに思ったが、それでいて嫉妬していた。その背景のどこかに愛人の一人……まぎれもないベレニス……が、疑いの余地なくクーパーウッドのこの最も虹色の時間を共有しているとわかっていたからだ。アイリーンはひと目に触れることと輝くことが大好きだった。時には、クーパーウッドに関する、いい、悪い、無関心な評判の驚きの局面に、ほとんど子供のように引きつけられた。実際、クーパーウッドがロンドンに建設している巨大発電所の新聞写真は、機嫌が悪いのを忘れさせるほどアイリーンを魅了した。それどころか、ある新聞記事で激しく攻撃されたときなどは、その同じ時期に彼女自身がクーパーウッドを攻撃する気分でいたのに、憤慨せずにはいられなかった。

 クーパーウッドの帰国を迎えた計り知れないさまざまな意見と称賛を考えた後で、アイリーンの怒りはある種の憧れを覚えて困惑した。そんな揺れ動く気持ちでいるときに、クーパーウッドは静かに部屋のリビングに入り込み、アイリーンが長椅子で横になっているのを見つけた。周囲の床には明らかに読んでいた新聞が散らばっていた。クーパーウッドが入るとアイリーンは飛び起き、彼が前に立ちはだかって自分を見ている間に、自分の中にある大切な怒りを呼び起こそうとした。

「ほお、ニュースは欠かさず読んでるんだね」クーパーウッドはおおらかで屈託のない微笑みを浮かべて言った。「悪いものじゃないだろう?」

「あなた!」まるで悲鳴のように叫んだ。「よくものこのこと! せめて世間があたしと同じようにあなたのことを知ればいいのよ! この偽善者! あんまりだわ!」

「ねえ、聞いてくれよ、アイリーン」クーパーウッドはできるかぎり冷静に続けた。「よく考えてごらんよ、私はきみを傷つけてなんかいないだろ。この新聞のどれを読んだって、ロンドンに行ってから私が一日二十四時間この問題にかかりっきりで働いてきたことはわかるだろ。この男、トリファーにしたって、パリのような街であれ以上のガイドがいるだろうか? 私の記憶が正しければ、昔、きみはひどく文句を言わずに、私と一緒にあの街を通り過ぎたことがなかっただろ。何しろ、きみが面白いと思っても私には時間がなかったから、きみと一緒に名所巡りにすべての時間を使えなかったものね。そこにトリファーが現れて、とにかくパリに行くつもりだったから、私は思ったんだ。きみは彼を気に入ったようだったし、同じ時期にきみがそこへ行くというのなら、とにかく私に気兼ねせずに昔の念願だったパリ見物の願いを叶えるいい機会になるかもしれないからね。トリファーについてはそれだけのことでしかない。きみだってわかってるだろ!」

「嘘よ、嘘、嘘に決まってるわ!」アイリーンは猛然と叫んだ。「いつだって嘘ばかり! でも、今回は通じないわよ。少なくとも、あたしは世間に、あなたが本当はどんな人なのか、あたしのことをどんな風に扱ってきたのか、知らせることができるわ。そうすれば、あなたに関する記事は少し違って読めるわよ、きっと!」

「ねえ、アイリーン」クーパーウッドはさえぎった。「ちょっと道理をわきまえてくれよ。物にかけては、私がきみの欲しがるものを与えなかったことはなかっただろう。私がいなくなった後のことだって、きみが管理してくれるものだとずっと当てにしてたんだよ。ここにあるこの家だってそうだ。きみだってきっと自慢の家だろ。知ってるだろうけど、さらに美しくする方法で、私は増築を計画しているんだ。いずれ、きみのためにパームルームを拡張し、絵と彫像のためのギャラリーを増築するためにも、今、隣の家を買いたいと思っている。きみの好きなようにきみ自身を表現するために、そのすべてをきみの手に委ねるつもりでいたんだ」

 しかし、持ち前の秘密主義に徹したため、ロンドンを出発する前に、問題の家をすでに購入済みであることを言いそびれた。

「パインを呼んで、いくつかプランを提出させてみるのはどうだ」クーパーウッドは続けた。「そして二人で検討してみようよ」

「そうね」アイリーンはその気になって言った。「それは面白そうね」

 しかし、クーパーウッドは躊躇しなかった。「私の人生が、きみの人生から離れているなんて、アイリーン、馬鹿げた考えだよ、まったく。第一に、私たちは長過ぎるくらい一緒にやってきたんだ。大変なこともあったけど、こうしてここいるだろ。体を酷使する仕事以外、私の生活は何もないんだ。それに、私はもう若くはない。もしきみがまた私と仲良くなりたいなら、このロンドンの地下鉄を手放し次第、ニューヨークに戻って喜んでここできみと一緒に暮らすからね」

「他の六人も一緒にってことかしら?」アイリーンは皮肉をきかせて尋ねた。

「いや、今言ったとおりさ。私もいつか引退しなければならないことは、きみもわかると思う。そうなったら、それは平穏で静かな生活のためであって、さらなる仕事のためじゃない」

 アイリーンは、今、追加の皮肉を言おうと準備していたが、相手を見上げると、その顔に一段と疲れてほとんど落ち込んだ表情を見つけた。これまでに見たことがないような表情だった。このせいでアイリーンの気持ちは批判の表情から予想もしなかった同情の表情に変わった。おそらく、この人は疲れていて、休息が必要なのかもしれない。何しろ、何年も順調にやってきて、やるべきことが多かった。これはクーパーウッドと一緒の何年もの間でアイリーンが経験した最も優しい考えのひとつだった。

 しかし、そのとき、メイドがやって来て、弁護士のロバートソンさんから電話だと告げた。アイリーンはそれを聞いてばつ悪そうにもじもじして、それからつっかかるように言った。

「あたしなら外出したと言ってちょうだい!」

 この大事な言葉をクーパーウッドは聞き逃しはしなかった。

「このことを誰かに何か話したのかい?」クーパーウッドはアイリーンに尋ねた。

「いいえ、話していないわ」アイリーンは答えた。

「よかった!」クーパーウッドは和やかに言った。

 そして、いろいろなお金の問題で数日シカゴに行く用事があることを説明してから、自分が戻るまでは何もしないという約束をアイリーンから引き出すことに成功した。今言ったとおり、この時までに、二人はお互い納得して物事を解決できるとクーパーウッドは考えた。

 この問題をひとまず棚上げすることにアイリーンが納得したようだったので、クーパーウッドは時計を取り出し、今ならまだ列車に間に合うと言った。戻ってきてからまた会うつもりだった。この頃にはかなり落ち着いたので、アイリーンはドアまで一緒に行き、それから戻って、さっきまで読んでいた新聞を調べた。

 


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