第52章
万事順調だったのに、アイリーンに関係した新しい難題が持ち上がりかけていて、それが全力でクーパーウッドに降りかかることになった。
アイリーンはパリに戻っていて、再びトリファーや彼の友人たちにもてなされ、持て囃されていた。しかし、最終的に結婚さえしたいと思うほどアイリーンがトリファーに好意を抱いていることに気がついたマリゴールド・ブレイナードが、高まり続ける関心を確かめる時期だと決心した事実があった。マリゴールドはトリファーのクーパーウッドとの関係を知っていたので、彼女の目を簡単に覚ます武器があると信じていた。ヨットの船旅でのある夜、飲みすぎたときに、トリファーがそれらしいことを打ち明けたのだった。だから、最初の機会に彼女は行動した。
トリファーが友人の部屋で開いたパリ帰還を祝うパーティーで、マリゴールドは酒を飲み過ぎて、アイリーンがトリファーと楽しそうにしているのに気がつくと、いきなり食ってかかった。
「あなたが私と同じくらいあなたの友人のことを知ったら、そんなにずっと追い回したくなくなるかもしれないわよ」マリゴールドは皮肉をこめて言った。
「あたしを確実に悩ますことをご存知なら」アイリーンは言った。「当てこすりはやめて、はっきり言ったらどうなのよ? それとも、嫉妬でつらいのかしら?」
「嫉妬ですって! この私がトリファーとあなたに嫉妬だなんて! トリファーがこれほどあなたに気を遣っている背景が何なのか、たまたま知ってるだけよ!」
アイリーンはこの突然に主張に驚いて逆上して叫んだ。「一体何が言いたいのかしら? 言ってごらんなさいよ! でなけりゃ、その嫉妬はどなたか他の人に向けるといいわ!」
「嫉妬ですって! 馬鹿馬鹿しい! あなた思いの友人が、あなたの個人的な魅力以外の理由であなたを追いかけているのかもしれないとは、きっとあなたじゃ思いつかないのね。それに、彼があなたに費やしたお金は、どこから出てると思ってんの? 私は彼とは長年の知り合いだけど、自分のお金なんて一シリングもない人よ。ご存知でしょ」
「さあ、知らなかったわ。でも、言いたいことがあるなら、言ってくれないかしら」アイリーンは言った。
「トリファーにでも聞けばいいでしょ、それとも自分のご主人の方がいいかしら。きっと、はっきり教えてくれるわよ」マリゴールドは言い捨ててアイリーンから徐々に遠ざかった。
すると、アイリーンはひどく取り乱し、部屋を出て、外套をまとい、アパートに戻ったが、この問題を頭から追い払おうとはしなかった。トリファーが! やけに熱心にひとの人生に立ち入ると思ったら! 無一文、それでいてあんなに大金を使っていた! どうしてクーパーウッドはわざわざこの二人の友情を応援し、時にはパリまで渡ってトリファーに催されたパーティーに出席したのだろう? マリゴールドの当てこすりの最も暗い一面が、突然大きな力でアイリーンを襲った。クーパーウッドは自分の人生からあたしを追い出すためにこの男を利用したのだ! この真相を突き止めねばならない。知らなければならない。
一時間もしないうちに、アイリーンがパーティーにいないことに気がついたトリファーが電話をよこした。そこでアイリーンは、至急相談しなくてはならないことがあるのですぐに来てほしいと言った。トリファーが現れたとたんに、嵐が勃発した。あたしをパリに招待して、散々気を遣い、おまけに大金まで使ったのは誰のアイデアかしら? あたしの夫かしら、それともあなたのアイデアなの?
まいったな! もしあなたが大事でなかったら、どうして私があなたにお金をかけるんですか? その問いにアイリーンは、あなたには自分の金なんてないし、もったこともないって聞きましたと答えた。それに考えてみれば、遊びに時間を費やせても、面倒な細かいことに煩わされたくない人たちにつきっきりで機嫌をとるような、個人的なサービスででもなかったら、お金を稼ぐためにあなたは何をするのかしら? まるで使用人階級扱いだったので、この侮辱はトリファーを深く傷つけた。
「そんなことはありませんよ」トリファーは弱々しく言った。
しかしその声の調子には、アイリーンを疑わせるものがあった。これはアイリーンの中に怒りを呼び覚ました。こんな情けない仕事を引き受ける人間がいるなんて! フランク・アルガーノン・クーパーウッドの妻であるこの自分が、自分の夫の陰謀のせいでその犠牲者になるなんて! 望まれない妻、自分を追い出すために自分の夫が人まで雇わねばならないほど、夫にうとまれた妻として、こうして人前でさらされようとは!
しかし、待てよ! 今ここで、いや、遅くとも明日までに、この寄生虫にしてぺてん師に、そして夫にも、こんな風に恥をかかされるいわれはないと思い知らせてやる! 今ここで、自分に関する限り、トリファーの役目は終わった。そしてクーパーウッドは、アイリーンが彼の陰謀に気づいたこと、彼とは永遠に終わったこと、ニューヨークに戻って、自分の居場所である自分の家にとどまること、もし彼が自分を追って来ようとしたら、彼を法廷に引きずり出し、新聞に暴露すること、彼の嘘、浮気、精神的虐待とはきっぱりと別れるつもりでいることを、電報で知らされることになった!
それから、トリファーの方を向きながら叫んだ。
「もう行ってもいいわ。あたしを相手にする仕事は終わりよ。あたしはすぐにニューヨークに戻るわ。もしあなたと出くわしたり、どんな形であれあたしを困らせたりしたら、あたしはあなたの正体を暴露するわよ。さっさと主人のところへ行って、もっとましな仕事がもらえるか確かめるといいわ!」
そう言い放つと、アイリーンはドアまで行き、出て行かせるために開けてやった。




