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ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第48章

 

 ロンドン。クーパーウッド夫妻が戻ったことで、いつもの派手な騒ぎがあった。ベレニスは前に電報を受け取っていたから、クーパーウッドが来ることをちゃんと知っていた。クーパーウッドが本当に関心があったことは一つしかなかった。自分とベレニスの間の平和と愛情だった。

 そして、ステインは、クーパーウッドの留守中に地下鉄の仕事だけでなくクーパーウッドの被後見人とも一定の進展があったので大喜びだった。事実、ステインは半分恋をしていた。ベレニスのトレガサル訪問以降、ステインは何度かプライアーズ・コーブに来ていた。そして、彼の愛情とつながっている希望が、目標を追い続けるべきだという考えに力を与えていた。かなうかもしれない。ベレニスは自分と恋に落ちて、妻になることを承諾するかもしれない。クーパーウッドもこの展開にあまり悪い顔はしないはずだ。全員のさらなる結束につながるに違いない。もちろん、ベレニスのことと、クーパーウッドとの彼女の本当の関係をもっとよく知る必要があるだろう。まだ調査に乗り出してはいなかった。しかし、たとえ彼女の経歴がそれほど完璧ではないとわかっても、ベレニスは依然としてステインがこれまでに知り合った中で最も魅力的な女性だった。ベレニスは確かに彼を誘惑しようとしていなかった。彼女を追いかけていたのは間違いなく彼の方だった。

 同じ頃、ベレニスは二つの展開に一喜一憂させられた。一つは、ステインが彼女にとても関心をもっていそうであること、そしてもう一つはトレガサル訪問後に、他でもなく、ベレニス親子がクーパーウッド夫妻と一緒にステインに加わって、秋が終わらないうちにヨットのイオラ号で船の旅をしませんかと提案があったことだった。この船旅には、その頃だとエドワード国王とアレクサンドラ王妃が滞在しているかもしれないカウズへの寄港も含まれる可能性があった。ステインは喜んでみんなを両陛下に紹介するつもりだった。国王も王妃も彼の父親の昔からの友だちだった。

 アイリーンに話が及ぶと、ベレニスは精神的な寒気を覚えた。アイリーンがそういう船旅をしたら、ベレニスも母親も行けなかった。もしアイリーンが行かないのなら、何かそれ相応の説明がステインになされなければならないだろう。もしクーパーウッドと彼女が一緒にこの招待を受けることになったら、完全に一致した合意ではないとしても、外交的な合意に達しなければならないことになる。すると、これは必ずしも今の彼女に望ましいことではなかった。もし彼女が彼と一緒に行かないとか、彼抜きで行ったとすれば、それは人生から彼を除外することになるかもしれない。するとそれはまた、おそらく関係者全員にとって致命的な説明と再調整が必要になるだろう。

 今はクーパーウッドに憤りを感じているだけに、すぐに決断を下せる状況ではなかった。ベレニスがステインに夢を見たところで、クーパーウッドの善意がなければ、直面する様々な難題から脱出できそうもないことは明白だった。怒りが十分なら、彼は彼女など即座に破滅させることができた。関心がなくても、アイリーンや他の人たちに同じことをさせておけばいいのだ。また、このすべてを頭の中であれこれ考えているうちに、自分の気質と普遍的な観点はステインではなくクーパーウッドを求めているように思える事実に直面した。ベレニスはクーパーウッドに補完されたときが最強だった。そして、ステインに関して考慮すべきことをすべて考慮しても、彼は活力、機知、素直さ、あるいは人生への取り組み方の人間らしさにおいて、クーパーウッドに及ばないという歴然たる事実が残った。そして、ベレニスが他の誰よりもクーパーウッドと一緒にいたい、彼の声を聞きたい、彼のしぐさを観察したい、彼の活動的で一見恐れを知らぬ人生への取り組み方を感じたい、と思うようになったと気がついたのは、何よりもこういうことが原因だった。ベレニスが自分の力が大きくなったと感じるのは、クーパーウッドが彼女と一緒にいるときだった。では彼の勇猛果敢な支援がなかったら、今このすべてに対するベレニスの個人的な反応はどうなるだろう? ステインの提案をうけても、自分の後見人は時々妙にひねくれて手に負えないことがあるから、彼がイギリスに戻ってくるまでこの招待は保留せざるを得ない、と言う以外ベレニスは何もはっきりと言えなかった。同時に、微笑みながら指摘したように、彼女は大賛成だった。もしステインがこれをベレニスに任せる気があれば、もしかしたらまとめられるかもしれなかった。

 ホテルに到着してみると、少し堅苦しいが、問題を微塵も感じさせないベレニスの明るい挨拶がクーパーウッドを待っていた。しかし、クーパーウッドは危険を察知できるだけでなく、自分のことで他人が活発に考えを巡らせると、かなりピンとくる人物だった。ベレニスの敵意のある態度にすでに気がついていた。実際に、イギリスに到着するずっと前から、ローナとの関係はベレニスに知られていると完全に確信していた。みぞおちのあたりで、それを感じることができた。これはクーパーウッドを警戒させて、ありとあらゆる不測の事態に備えて必死に知恵をしぼらせた。すでにクーパーウッドは、どんな形であれ回避しようとせず、むしろベレニスの気分や態度に合わせて自分の出方を探ろうと決めていた。

 プライアーズ・コーブは秋の雰囲気に彩られた。葉っぱがほんのりと赤や黄色になった。彼が到着した時間は正午だというのに、川には霧が濃くかかっていた。近づくにつれて、ここでベレニスと一緒に過ごしたかもしれないすべての明るい夏の日々をありありと思い浮かべた。しかし、今すべきことは、率直に向き合って、もう一度ありのままの自分を感じてもらうことだった。この方法は他の問題で、とてもうまくいって効果があることが判明していたため、今度もそれが証明できるかもしれないと安心していた。それに、ローナがいたというのなら、ステインがいたではないか? 身に覚えがあろうとなかろうと、ベレニスだってその立場を怪しいと感じさせられるかもしれない。

 クーパーウッドが乗りつけた時、手入れをしている垣根越しに姿が見えた庭師のピゴットが、お辞儀をして挨拶した。ステインの厩舎に隣接するパドックでは、馬が秋の日差しを浴びて体を温めていた。厩舎の扉付近では、馬丁が二人、馬具の手入れに追われていた。カーター夫人が芝生を横切って挨拶に来た。満面の笑みを浮かべているくらいだから、明らかにクーパーウッドと自分の娘を悩ませている問題に気づいてはいなかった。その明るい歓迎ぶりから、おそらくベレニスは母親に打ち明けていないと推測した。

「調子はいかがですか?」クーパーウッドは前に出て手を取りながらカーター夫人に声をかけた。

 母親によれば、ベレニスは相変わらず元気で、今は音楽室で練習していた。開いた窓から聞こえてくるリムスキー=コルサコフの『市場の風景』が、これを裏付けた。

 アイリーンの時のように、相手の出方をさぐって、いらだたしい説明の類を始めなければならないかもしれないと一瞬感じたが、そう考えているうちに、突然音楽がやんで、ベレニスがいつものようにすまして微笑みながら玄関に現れた。まあ、お帰りなさい! うれしいわ! いかがでしたか? 船旅は快適でしたか? ベレニスはクーパーウッドに会ってとても喜んだ。駆け寄ったが、気づけばキスはなく、それを除けば、気に病んでいることは何もないかのように、振る舞っていた。実際、すてきな秋の景色に間に合いましたね、と付け加えたときは、いかにも夢中な様子だった。この場所は日に日にすてきになるようだった。そして、クーパーウッドはしばらくこの芝居に付き合った。その一方で、本当の嵐が勃発するまであとどのくらいあるだろうと考えた。しかし、ハウスボートでカクテルに誘うほどベレニスの陽気な振る舞いが続いたので、クーパーウッドはさえぎった。

「川のそばを歩こうか、ベヴィ?」そして相手の腕をとって、木陰の小道に連れ出した。「ベヴィ、他のことをする前にあなたに言わなくてはならないことがある」クーパーウッドは険しく冷たい目で相手を見つめた。ベレニスは即座に態度を改めた。

「ちょっと待ってもらっていいかしら、フランク、エヴァンズさんにお話しが……」

「だめだ」クーパーウッドはきっぱりと言った。「行くんじゃない、ベヴィ。これは、エヴァンズさんや他の用事よりもはるかに重要なことなんだ。ローナ・マリスのことで話がしたい。おそらく、あなたは彼女のことを知っているだろうが、とにかく私は話したいんだ」

 クーパーウッドが話す間、ベレニスは黙ったまま、穏やかに、動じることなく横を歩いた。

「ローナ・マリスのことを知っていますか?」彼は尋ねた。

「はい、知っています。切り抜きと写真が数枚、ニューヨークから送られてきました。とても美しい方ね」

 クーパーウッドはベレニスの控えめな態度に気がついた。不満を言わず、詮索もしなかった。そうなってくると、彼女の本心を突き止めるのがますます急務になった。

「散々言っておきながら、突然変わってしまったね、ベヴィ?」

「はい、そう思います。でも、謝るつもりはないのでしょう」口角にほんのちょっぴり皮肉がうかがえた。

「ええ、ベヴィ、何があったか以外は話すつもりはありません。それで、あなたなら自分で判断できますからね。それについて聞きたいですか?」

「あまり聞きたくありません。でも、どうしても話したいのなら、どうぞ。どうしてそうなったのか、私にはわかると思います」

「ベヴィ!」口をつぐみ相手を見ながらクーパーウッドは叫んだ。言葉の一つ一つに称賛と本物の愛情がこもっていた。「このままでは、私たちは……少なくとも私は……どこにもたどり着けません。私があなたに話したいのはただ、あなたが何を考えていようと、私は今でもあなたのことを深く思っていることをあなたに知ってほしいからです。最後にあなた会ってから起こったすべてのことを振り返ると、薄っぺらで嘘っぽく聞こえるかもしませんが、これが真実だとあなたはわかっている、と私は信じています。肉体の美しさや性的な感覚だけでは測れない個性の値打ちがあることは、あなたも私も知っています。魅力的な女性と魅力的な女性の間と、それを判断する男性と男性の間には、常に他にも修正事項があります。性格や、理解力、目的と理想の完全な一致、それに……」

 ベレニスがかなり冷淡に口を挟んだのでクーパーウッドは話をやめた。「本当かしら? 人の行い、誠実さ、節操まで変えてしまうほど重みがあるかしら?」

 ベレニスの目の涙に沈みかけた光は、自分にごまかしは無駄だと警告した。

「がらっと変えてしまうんだよ、ベヴィ。私がここにいるのが見えますね? 十日前、ニューヨークで……」

 ベレニスは横槍を入れた。「はい、知っています。女と一緒に楽しいひと夏を過ごして、あなたは女と別れた。もうその女は十分なのね。今度はロンドン、よりを戻そうという計画ね……」ベレニスのかわいい口が軽蔑したように曲がった。「でもね、フランク、こんなことをすべて私に説明する必要はないわ。私だって、あなたと似たようなものだもの。私だって、あなたと同じくらい上手に説明できるわ。ただ、あなたにはいろいろと恩義があります。私がそれを必要とし続ける以上、ある程度の犠牲はいといません。私はあなたよりも慎重に、ずっと慎重でないといけないんです。でなければ……」ベレニスは口ごもって相手を見つめた。クーパーウッドは腹に一撃くらった気分だった。

「しかし、ベレニス、本当のことなんだけどね。彼女とは別れたんだ。私はあなたのもとに戻ってきたんだ。説明するかしないかは、あなたの好きにしよう。しかし、やりたいことが一つあります。あなたと仲直りをして、許してもらって、これからはあなたと二人だけやっていくことです。信じないでしょうが、こういうことはもうないことを約束します。それを感じ取れませんか? あなたと公正で公平な関係に戻れるよう、協力してくれませんか? 私たちがお互いにとってどういう意味を持つのか考えてください! あなたが私と別れようが、別れまいが、私はあなたを助けることができます、そうしたいし、そうするつもりです! 信じてはくれませんか、ベヴィ?」

 二人は、テムズ川に面した小さな緑の芝地の、古い木々の下に立っていた。遠くの村落の低いかやぶき屋根が見え、コテージの煙突から青い煙が渦を巻いて立ちのぼっていた。二人に関してはすべてが平和だった。しかしクーパーウッドは、やれるだけのことをやって、彼女の怒りをできるだけ鎮めようという明白な意思表示をしても、ベレニスの心は許してはいないと考えていた。同時に、クーパーウッドはベレニスを、似たような状況にいる他の女性、特にアイリーンと比べずにはいられなかった。ここには、思い悩んだり、涙を流したり、喧嘩したりする女性はいなかった。しかし彼も今、生まれて初めて思ったように、本当の愛、真実の愛は、たとえその恋人にとってどれほど破壊的なものであろうと、本当に思い悩み、泣き、喧嘩をして、それで許されるのかもしれない。

 その一方で、ここには確かに、否定されたり軽んじられたりされることのない価値を伴うタイプの愛情があった。明らかに、クーパーウッドは相手の矛先を鈍らせた。そしてその瞬間に、彼は金融の会議室や交渉の席の抜け目なく、注意深く、機知に富み、精力的なクーパーウッドになった。

「いいですか、ベヴィ!」彼ははっきりと言った。「六月二十日頃。私は仕事でボルチモアに行きました……」そして、それから起こったことを正確に語った。深夜、自分の部屋に戻ると、ローナがノックした。一部始終。自分がどれほど魅了されてしまったか、どこでどんな風にローナを楽しませたか、を正確に語った。評論家の解説そのものだった。ベレニスと同じように、ローナも魔法をかけたのだと言い訳を続けた。裏切りの意図はまったくなかった。それは自分の身に降り掛かったものだった。ありのままの自分をわかってもらおうとして、クーパーウッドは今回の件や過去の他の似たような出来事で思いついた理論を展開した。官能的な欲望には何かがある。それは理性や意志に取って代わるのだから、それらよりも上位にあるに違いない。何しろ彼の場合は事前に決められた進路まで侵食して流失させたからだ。

「正直に言うなら」クーパーウッドはここで付け加えた。「おそらく、この種類の過ちを避ける唯一の方法は、魅力的な女性との密接な接触を避けることだと言わねばなりません。もちろん、そんなことは毎回できませんよ」

「それは、そうね」ベレニスは言った。

「あなたならおわかりでしょうが」クーパーウッドは先を続けることにして続けた。「ローナ・マリスのような人にいったん近づいてしまうと、抜け出すにはかなり退屈しないとならないんです。この私が言うんだから強い説得力があります」

「なるほどね」ベレニスは言った。「でも同感だわ。彼女、とても魅力的ですものね。じゃあ、他の男性との私の関係だとどうなるのかしら? 私に同じ特権を与える準備はできているんですか?」ベレニスは問いただすように相手を見つめた。それを受けてクーパーウッドも見つめ返した。

「理論的にはそうです」彼は答えた。「私はあなたを大事に思ってますから、できるかぎり、そうする必要があるかぎり、感情的にそれに耐えないとなりません。その後で、あなたが私を引きとめたくなくなれば、あなたが私を手放すように、おそらくは私もあなたを手放すことになるでしょう。でも、今私が知りたいのは、あなたがどうするかなんです。どうしたいですか? これはとても重要なことなんです。だって私はまだあなたのことがとても大事ですから」

「ねえ、フランク、あなたは今の私が本当に答えられないことを尋ねているのよ、だって本人がわからないんですから」

「でも、ほら」彼は続けた。「今回、ローナの影響は続きませんでした。続いていたら、私は今ここにいませんからね。私はこれを言い訳ではなく、事実として言っています」

「つまり」ベレニスは言った。「ローナは同じ船に乗って来なかったのね」

「冬中ずっと、ニューヨークで踊ってますよ。どのアメリカの新聞を見ても、わかることです。ベヴィ、私にとってあなたが持つ魅力は、強いだけではなく上位のものです。私にはあなたが必要なんです、ベヴィ。私たちは同じように考えて、同じように働く、二つの心と気質なんです。だから、私は今こうしてここに戻りました。ここにとどまりたいと思ってます。この別の問題はそれほど価値あるものではありませんでした。私はいつもそう感じてました。あなたが手紙をくれなくなって、自分がどれほどローナを重視していないかに気がついたんです。要するに、それだけのことです。さあ、どうしますか、ベヴィ?」

 夕闇が深まる中で、クーパーウッドは徐々に距離を縮めていた。今度は、ベレニスをつかみ、唇を彼女の唇に押し当てて、しっかり抱きしめた。クーパーウッドがそうする間、ベレニスは精神的にも感情的にも自分が屈しているのを感じた。しかし同時に自分の立場をはっきりさせざるをえないと感じた。

「私もあなたのことが大事よ、フランク、確かにね。でも、あなたの場合、これってただの性欲でしょ。終わったら……終わったら……」

 両者はお互いの腕の中に沈んだ。しばらくの間、弱い小さなランプに過ぎない人間の心を、欲望と感情で消し去り、まったく理性の及ばない力である人間の意志をひとまず隠した。

 


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