第42章
ベレニスがこれまでに会ったすべての男性の中で、クーパーウッドだけが力と実績を持っていて最も魅力的だった。しかし、人や、クーパーウッドや彼が提供した満足感と充足の要素さえ除いても、プライアーズ・コーブには人生そのものの特色があった。社会的な問題は決着がつかなくても、少なくとも一時的には処理されたので、ベレニスはここで人生で初めて極端なほど勝手気ままにふるまい、ポーズを取ったり、演じたい、という自己陶酔的な衝動に身を委ねることができた。
プライヤーズ・コーブでの生活は、楽しいほど孤独で、だらだらと過ぎていった。午前中、何時間も入浴した後、鏡の前で、その日の気分に合った衣装を選ぶのが好きだった。この帽子はこうして、このリボンはああして、このイヤリング、このベルト、このスリッパと続いた。時々、化粧台の金色の大理石に肘をついて手に顎をのせ、髪、唇、目、胸、腕を研究しながら鏡を覗き込んだ。常に結果の効果を考え、細心の注意を払って、テーブルに合う銀器、磁器、テーブルクロス、花を選んだ。そこで見る人といっても、普通は自分の母親、家政婦のエヴァンズ夫人と、メイドのローズしかいないので、主に見るのは自分だった。そして、月がのぼると、寝室を抜け出してすてきな壁に囲まれた庭を散歩し、クーパーウッドのことを考えながら空想にひたり、何度となく会いたくてたまらなくなった。束の間の不在が、満足この上ない再会をもたらしてくれるという埋め合わせまで考えた。
カーター夫人は娘の自己陶酔ぶりによく驚いて、目の前に着実に広がっている社交界が存在するのにどうしてこう頻繁に独りになりたがるのかを不思議に思っていた。やがて、この中にステイン卿が現れた。クーパーウッドが出発して約三週間が過ぎた頃、ステイン卿がトレガサルからロンドンまでドライブがてら、表向きは馬の世話と、新しい入居者に歓迎の挨拶をしに立ち寄った。その娘がフランク・クーパーウッドの被後見人だと知らされていたので特に興味があった。
クーパーウッドと一緒にこの男性についてすべて話をした後、ベレニスはすぐに関心を持った。そしてヘアピンとブラシと見知らぬミス・ハサウェイを思い出しながら少なからず面白がった。それでも、挨拶するときは笑顔で自信に満ちているように見えた。白いドレス、青いスリッパ、ウエスト周りの青いリボン、泡立つような赤い髪を囲む青いビロードのバンドはステインには効かなかった。ステインは娘の細い手をとってお辞儀をする間、ここには人生のあらゆる瞬間がチャンスであり、野心家で実力者のクーパーウッドに確かにぴったりの被後見人がいると内心思った。ステインの目は、詮索は隠したが称賛は隠さなかった。
「家主の立ち入りを許してくださいね」ステインは切り出した。「フランスに送る馬が何頭かここにいるので、点検しておく必要があるんです」
「ここで暮らすようになってからずっと」ベレニスは言った。「母も私もこういうすてきな場所のオーナーにお会いしたいと思っていました。言葉では言い表せないほどすてきですわ。私の後見人のクーパーウッドさんからあなたのことはうかがっています」
「それは彼に感謝しないといけませんね」ステインはベレニスの落ち着きぶりに魅了されて言った。「プライアーズ・コーブに関しては、私は大きなことは言えません。実は先祖伝来のものですから。家宝の一つなんですよ」
お茶に誘われて、ステインは受け入れた。イギリスには長く滞在することになるのか、と尋ねた。ベレニスはすぐに、ステインには用心しようと決心し、自分にはわからない、自分と母がどのくらいイギリスを気に入るか次第だと答えた。その間、ステインの視線はベレニスの静かな青い目に会いに何度も戻った。ベレニスはさっそく相手の態度に乗じて、それがなければ取らなかったであろう無邪気で馴れ馴れしい態度をあえてとった。馬を見に行くのなら、私も見てはいけませんか?
ステインは喜んだ。二人は一緒に厩舎の先にあるパドックに行った。すべてが彼女に満足のいくように取り仕切られているかどうかを尋ねた。あなたとお母さまは、乗馬か馬車で馬を使いますか? 庭師か農民の、入れ替えか、配置換えを希望しますか? 羊の数が多するかもしれませんね。ステインは羊の一部を売ろうと考えていた。ベレニスは、羊は大好きです、何も変えてほしくない、とはっきり伝えた。実は、ステインは二、三週間後にフランスから戻り、トレガサルへ行くつもりだった。もし二人がそれまでここにいれば、また会いに立ち寄るかもしれません。おそらく、クーパーウッドさんもここに来ているでしょう。もしそうなら、彼との再会は楽しみです。
明らかに、これは親交を結ぶ申し出だった。ベレニスはこれを最大限に活用することに決めた。これはロマンスの始まりかもしれなかった。ステインがここの家主で、クーパーウッドの将来のパートナーになるかもしれないと知ってから、何となく心の片隅でもしやと思っていたものだった。ステインが去った後、ベレニスは夢見心地で、彼の細長い姿、完璧なカントリーツイード、ハンサムな顔、手、目を思い返した。雰囲気や歩き方、態度にも魅力があった。
しかし彼にはクーパーウッドとの仕事があり、ベレニスと母親の立場も異常だった。気づくのではないだろうか? 彼は、ホークスベリィ大佐やアーサー・タビストックや、この辺の田舎の副牧師や結婚しそこねた女性のように騙せる相手ではなかった。ベレニスは、自分もクーパーウッドもだまされりはしなかったろうと知っていたように、もっと物知りだった。もし今自分が気のある素振りをみせて少しでも動いたら、自分はいかがわしい女であり、将来のことは考えずに経験者のリストに加えられるという前提で、ステインはすぐに進展させるのではないだろうか? クーパーウッドへの愛情と彼の将来への大きな関心を考えると、ベレニスはこういう裏切り同然のまねをしようとは思わなかった。これがクーパーウッドに及ぼす影響は大きすぎる。彼が怒りの報復をする可能性があった。ベレニスは、ステインとの再会に同意することが賢明なのかさえもじっくりと考えた。
しかし、八月のある日の早朝、鏡の前でナルキッソスのようなポーズをとっていたときに、ステインからの手紙を受け取った。馬を二頭連れた馬丁を先発させ、自分もパリを出発してプライアーズ・コーブに向かいます。よろしければそれと一緒にうかがいます。ベレニスはステインに手紙を書き、自分と母は喜んでお迎えすると伝えた。クーパーウッドのことも考えていたのに、あまりの興奮で自分のことがわからなくなり始めた……このときクーパーウッドはローナ・マリスの魅力を楽しんでいた。
ステインは金融の分野ではクーパーウッドほど鋭くなかったが、立派な恋敵にはなった。大きな関心があるときは、積極的で臨機応変だった。美しい女性を愛し、他にどんな仕事があろうと、絶えず何か新しい探しものをしていた。ベレニスを見て、彼女に感情的な情熱を抱いていた。ステインは母親と二人きりであの素敵な環境にいる彼女を、恋愛の愛情の対象としてふさわしいと考えたが、クーパーウッドがいるから、慎重に踏み出さねばならないと悟った。しかし、クーパーウッドが自分の被後見人と、その彼女がステインの借家人であることに触れもしなかったことを考えると、少なくとも詳細を知るまでは、彼女に声をかけ続けてもいいのではないだろうか? そして、その時が来たら、本腰を入れて、このチャンスをできるだけ有効に活用しようと決心した。
ベレニスも準備はできていた。ベレニスは淡い緑色のお気に入りのガウンを着て、以前ほど堅苦しくなくくだけていた。フランスで楽しい時間を過ごせましたか? どの馬が勝ったんですか、目のまわりに白い丸がある鹿毛かしら、それとも白い脚毛の体高がある黒いのかしら? 勝ったのは体高のある黒で、ステインは賞金一万二千フランと、総額三万五千フランのサイドベットも獲得していた。
「フランスの貧乏家族を貴族に変えるのに十分ですね」ベレニスが軽口をたたいた。
「まあ、フランス人はかなり倹約家ですからね」ステインは言った。「確かに向うの村人にも貴族になる者はいるでしょう。それを言うなら、こちらの村もですよ。私の父方の先祖の出身地のスコットランドなら、それで伯爵の基礎を築いたでしょうね」ステインは反射的に微笑んだ。「当家の初代伯爵は」ステインは付け加えた。「それよりも少ない金で始めたんです」
「そして、今のご当主は一回のレースで同じ額を勝って凱旋です!」
「まあ、今回はそうですね、毎回そうはいきませんよ。前回のダービーでは、そのほぼ二倍の出費でしたから」
二人はハウスボートのデッキの席に座って、お茶が出されるのを待っていた。暇人でいっぱいのパント船が通り過ぎた。ステインはベレニスに、ハウスボートのカヌーかパント船を使ったことがあるかどうかを尋ねた。
「はい」ベレニスは言った。「タビストックさんと私と、ウインブルドン近郊にお住まいのホークスベリィ大佐とで、こっちはウィンザー、あっちはマーローのずっと先まで川を探検しました。オックスフォードまで行こうと話したんですけどね」
「一艘のパントで?」ステインは尋ねた。
「二、三艘でです。ホークスベリィ大佐が、船隊を組むとか言っていました」
「あの懐かしい大佐か! あなたは大佐をご存知なんですか? 我々はお互いの少年時代を知ってますよ。しかし、一年は会っていないな。インドにいっていたはずですが」
「ええ、そうおっしゃっていました」
「しかし、トレガサルの周辺にははるかに面白いところがありますよ」ステインはホークスベリィとタビストックを無視して言った。「イギリスは四方を海に囲まれていて、岩だらけの沿岸は実に印象的です。さらに、湿地、沼地、スズや銅の鉱山、古い教会があります。もしそういうものに関心がおありならですが。そして、特に今は気候がいいですから。あなたとお母さまには、ぜひトレガサルにお越しいただきたいものです。実にいい小さな港があって、ヨットを停泊させているんです。シリー諸島にまでだって航海できますよ。たかだか三十マイル先ですからね」
「まあ、楽しそう! ご親切にありがとうございます」ベレニスはそうは言ってみたものの、クーパーウッドのことと、もし彼が知ったら何と言うかを考えていた。「お母さん、シリー諸島にヨットで出かけるのってどうかしら?」ベレニスが開いた窓から声をかけた。「ステイン卿はトレガサルにご自分のヨットと港をお持ちで、そこなら私たちも楽しめるとお考えなのよ」
ベレニスはご機嫌な態度で早口にしゃべったが、同時にほんの少しだけ見下した感じをにじませた。実際、他の多くの方面でなら、お願いされるほどの招待状を軽く受け止めるベレニスの快活な無頓着さをステインは面白がった。
カーター夫人が窓に現れた。「娘をお許しくださいね、ステイン卿」夫人は言った。「とても気ままな娘なんです。私の言うことなんて聞いたためしがありません、私の知る他の人もみんな無理ですから。それでも、私の口から申し上げていいのなら」……夫人はここで許可を求めるかのようにベレニスを見た……「それって楽しそうですこと。きっと、ベヴィも同じ考えですわ」
「さあ、お茶よ」ベレニスは続けた。「それから、私はカヌーの方が好きだと思うんですけど、川に行って竿でこぐのもいいかもしれませんね。それとも、散歩の方がいいかしら、夕食前にスカッシュをお手合わせを願おうかしら。私は練習を積んでるから、上達したかもしれないわ」
「ですが、この時期にスカッシュは暑過ぎませんか?」ステインは言った。
「たるんでます! 私はてっきりイギリス人はみんな、テニスコートで張り切るのが好きなんだと思ってました。帝国は衰退しているに違いありません!」
しかし、その晩スカッシュをやることはなかった。代わりにテムズ川でカヌーに乗り、その後はろうそくの明かりでのゆっくりとしたディナーで、ステインはトレガサルの魅力を詳しく語った。彼の話によると、国内に数ある他の立派な屋敷ほどモダンでもなく見栄えもよくないが、海と、不思議と不気味なほど印象的な岩だらけの沿岸を一望できた。
しかしベレニスはこの場所のステインの説明には惹かれたが、この招待を受けるかまだ決めかねていた。




