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ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第41章

 

 翌日の正午にクーパーウッドがローナと別れたことには、困惑が伴った。この熱病は彼を襲って、しばらくの間あらゆる細胞も衝動も支配したのに、クーパーウッドは実はベレニスを忘れていなかった。外部の力に制御されなかった火なら家を燃やさないだろう、と言うようなものかもしれない。この状況のクーパーウッドとローナを、抑える、あるいは抑えつけられる外部の力は存在しなかった。しかし、劇場に行くためにローナが帰ると、クーパーウッドの思考は再び普通の状態に戻り、ローナとベレニスが引き起こす異常事態でいっぱいになった。この八年間はずっとベレニスの魅力とそれが手に入らないことに翻弄され、最近はその肉体的、審美的な完成度に翻弄された。それなのに彼は、この品位は落ちるが依然として美しい力が、すべてを曇らせて一時的であれ消し去ること許してしまった。

 クーパーウッドは部屋で独りで、自分に責任があるかどうかを自問した。この最近の誘惑は自分が探し求めたものではなく、向こうが自分のところに、しかも突然やって来たのだ。そのうえ、彼のそのものには、たくさんのいろいろな経験を、たくさんの栄養の源泉や流れを、受け入れる余裕があり必要でさえあった。確かに、クーパーウッドはベレニスに熱い思いを寄せる中で、寄せてからもほぼ途切れることなく、あなたは私の存在の一番上にいますと言っていた。大きな意味では、これはまだ真実だった。それにもかかわらず、今、ここには、ローナのような、熱烈で圧倒的な力が存在した。これは特に若さと美しさとセックスが関係する場合には、新しい未踏の神秘的で抵抗し難い魅力として区別されてもいいかもしれない。

 この裏切る力は個人やその意図よりも強いという事実を使うと最もよく説明できる、と彼は自分に言い聞かせた。それがやって来て、その独自の熱を発して、この結果をもたらしたのだ。それはベレニスとクーパーウッドに起きて、今再びローナ・マリスに起きた。しかし、今でもはっきりわかっていることは、それがベレニスへの愛情に取って代わられることは決してないということだった。れっきとした違いが存在し、クーパーウッドにはそれがはっきりと見え、感じることができた。そして、この違いは、二人の娘の気質と精神の目標にあった。同じ年齢でも、かなり起伏の多い幅広い人生経験を持つローナは、自分の肉体の純粋に官能的な魅力の称賛を通して得られるもの、名声、報酬、魅力的で刺激的なダンサーに当然送られる拍手喝采、に満足した。

 ベレニスの気質的な反応と、その結果生まれた計画は完全に別物だった。こっちはもっと幅広くて、もっと豊かで、人や国をも巻き込む社会的・美的感覚の産物だった。ベレニスは、クーパーウッドと同じように、考え方も感性も優れていると絶えず信じていた。だから、彼女はイギリスの雰囲気や、社会の形や、慣例に溶け込むのも簡単で優雅だった。明らかに、ローナの鮮烈ではらはらさせる官能的な力に対して、ベレニスにはもっと深みがあって永続的な力と魅力があった。言い換えるなら、彼女の野心と反応は、あらゆる点でそれ以上に重要だった。そして、このときはこれを考えたくなかったが、ローナがいなくなっても、ベレニスはずっといるだろう。

 しかし、最後に清算するとき、クーパーウッドはこのすべてをどう調整するつもりだろう? すぐに終わらせるつもりはないこの火遊びを隠せるだろうか? もしベレニスがこれに気づいたら、どうやって納得させようか? 髭剃り鏡の前でも、お風呂や脱衣所でも、解決できなかった。

 その夜、公演の後でクーパーウッドは、ローナ・マリスは偉大というよりも、関心をあおるダンサーであり、数年華麗に輝いて最終的に金持ちの男性と結婚しそうだと判断した。しかし今はローナがダンスをするのを見て、シルクのピエロの衣装を着て、ゆるいパンタロンを履き、長い指の手袋をはめた姿が魅力的なのを知った。大げさな影を投げかける照明と気味の悪い音楽に合わせて、もし気をつけなければその人を捕まえるかもしれないお化けを、歌って踊って演じた。もう一つのダンスはハチャメチャだった。白いシフォンの短い袖なしのスリップを着て、美しい両腕と両脚は素肌で、渦巻く髪に金粉をまぶし、酔っ払いの奔放さを存分に表現した。また別のダンスでは、暴漢らしい待ち伏せしている相手から逃れようとしている、追われて怯えたうぶな人を演じた。あまりに頻繁に呼び戻しがかけられるので、運営側は彼女のアンコールを制限しなければならなかった。その後はニューヨークでそのシーズンの間、夏全体を、街の恋愛ムード一色にした。

 実際、クーパーウッドを驚かせ満足させたのは、ローナが彼と同じくらい大きく話題になったからだった。あちこちのオーケストラが彼女の曲を演奏していた。人気の演芸場には彼女の物まねまでいた。ローナと一緒にいるところを見られただけでコメントが寄せられた。そこに彼の最大の問題があった。ローナの評判を定期的に報じる新聞が、彼のことまで報じたからだ。そしてこれは、クーパーウッドには最大の警戒心を、ベレニスにはとても現実的な精神的苦痛を、もたらした。もし二人が公の場で一緒にいるところを見られたら、ベレニスは新聞で読むか、人づてに聞くか、誰かにささやかれるかもしれなかった。それでも、彼とローナは熱愛中だったので、できるだけ一緒にいたかった。少なくともアイリーンには、ボルチモアで自分の身内の孫娘に会い、彼女が非常に才能のある娘でニューヨークで公演中の演劇作品に出ていることを率直に打ち明けようと決めた。アイリーンは家に招待したがるだろうか? 

 アイリーンはすでに新聞でローナの批評を読み、写真を見たことがあったので、当然興味があった。だから招待したがった。同時に、その娘の美しさ、落ち着き、自信、そして彼女がクーパーウッドに会って自己紹介したという事実だけでも、娘に対する反発がアイリーンにつらい思いをさせ、クーパーウッドの本当の動機は何だろうと昔からの疑念を復活させるのに十分だった。若さ……取り戻せないもの。美しさ……影のように現れては消える完璧なものの亡霊。それでも火と嵐の両方があった。クーパーウッド宮殿の画廊や庭園をローナに案内して回っても、アイリーンには何の満足感もなかった。彼女はわかるだろうが、ローナが持つものがあればこういうものは必要なかったし、アイリーンに欠けたもののせいで、こういうものは彼女には何の役にも立たなかった。人生は美と欲望とともにあった。それがないところには何もなかった……。そして、クーパーウッドは美を求めてそれを自分のものにした……人生、色彩、名声、ロマンス。それなのに、アイリーンは……。

 新たな楽園を築くために、ありもしない約束や仕事を装う必要に迫られたクーパーウッドは、トリファーがいた方がいいと判断し、彼を呼び戻すよう〈セントラル信託〉に手配した。トリファーなら、アイリーンがローナのことを考えないようにしておけるかもしれない。

 トリファーはマリゴールドと彼女の友人たちと一緒にノース岬沖に楽しく浮かんでいたが、呼び戻されたことにひどく落胆して、金融事情のせいですぐにニューヨークに戻らなければならないと言わざるを得なかった。そして戻るとさっそく、アイリーンと同じように自分のことも楽しませることに全力を尽くしていたが、ローナとクーパーウッドの噂を聞きつけて、もちろん興味を持った。クーパーウッドの幸運がうらやましかったが、それでもあらゆる点に注意して、耳にしたゴッシプをすべてけなして否定し、特にアイリーンの疑惑からクーパーウッドを守った。

 残念なことに、トリファーは到着が遅すぎて〈タウントピックス〉の決まりきった記事に先手が打てず、さっそくアイリーンの手に落ちてしまった。それはアイリーンにいつもの影響を及ぼした。夫の慢性的な悪癖を昔のように苦々しく思い悩んだ。世界的な地位がどれほど偉大だろうと、達成力がどれだけすばらしかろうと、クーパーウッドは自分よりもはるか下の方のこういうつまらない流れ者に、それさえなかったら、途方もなくて、汚れひとつなかったであろう公的な地位を、汚したりくすませたりするのを許さなければならなかった。

 一つだけ慰めがあった。もし自分がこうして再び恥をかかされるのだとしたら、それはまたベレニス・フレミングも恥をかかされることになるのだ。アイリーンは長い間、ずっと背後にいるベレニスの見えない存在が気になって仕方なくいらいらしていた。そして、ベレニスのニューヨークの家が閉まっているのを見て、クーパーウッドはベレニスのことも無視しているに違いないと思い込んだ。どう見ても、クーパーウッドはこの街を離れたがる様子は見せていなかった。

 クーパーウッドがニューヨークにとどまる理由の一つにあげていたのは、ウィリアム・ジェニングス・ブライアンの指名と当選の可能性に関係していた。彼は政治的扇動家で、お金の管理と分配のあり方に関する、現在の資本主義的な観点とは多少異なる経済と社会の理論を持ち、当時埋められなかった貧富の差を埋めようと模索していた。そしてその結果、当時のアメリカには、この男が実際に大統領に当選するのではないかという、ほとんどパニックに近い本物の経済不安があった。このおかげでクーパーウッドは、ブライアンの敗北が決まることに自分の経済的繁栄がかかっているから、この時期にこの国を離れるのは危険だとアイリーンに言うことができた。そして、ベレニスに同じ内容の手紙を書いた。最終的にベレニスがクーパーウッドを信じるに至らなかったのは、アイリーンが〈タウントピックス〉を一部、彼女のニューヨークの住所に郵送し、やがてそれがプライアーズ・コーブにとどいた事実が原因だった。

 


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