第33章
仕事でこうしてあたふたしている間……アイリーンのパリへの出発と、ベレニスのプライアーズ・コーブに関連した活動で中断されはしたが……クーパーウッドは自分の愛する人をただ垣間見るだけで満足しなければならなかった。どうやら、ベレニスは買い物や片付けものでとても忙しそうだった。しかし、ベレニスが楽しんでいた優雅な些細なことは、クーパーウッドの目に彼女をさらに好奇心をそそる人物に見せただけだった。彼女はとても生き生きしているとクーパーウッドは内心でたびたび考えた。ベレニスはものを欲しがっては、それをものすごく楽しみ、相手にもそうさせる。ベレニスは何にでも興味を持っているように見える。だから、人は自然にベレニスに興味を持ってしまうのである。
クーパーウッドは今、プライアーズ・コーブを初めて訪れてみて、そこは設備が行き届いていることに気がついた。屋外の使用人は言うまでもないが、コック、メイド、家政婦、執事までステインに養われていた。ベレニスはこの田舎のような暮らしの魅力に興味を示しているのか、あるいはそう気取っているのか、クーパーウッドにもわからなかった。自然に対するベレニスの愛情は本物であり、感動さえしているように見えることがよくあった。鳥、木、花、蝶……ベレニスは夢中になった。マリー・アントワネットでもこれほど上手にこの役を演じることはできなかっただろう。クーパーウッドが到着したとき、ベレニスは羊飼いと外にいた。羊飼いはベレニスに見てもらおうとして羊と子羊を集めていた。クーパーウッドの乗り物が車道に入ると、ベレニスは新しい子羊の中の一番小さくてふわふわの一頭を両腕で抱きかかえた。ベレニスはクーパーウッドを喜ばせる場面を作ったが、決して彼をだませはしなかった。演技をしている、それも私のために、とクーパーウッドは思うのだった。
「女羊飼いと彼女の羊さん!」クーパーウッドは前に踏み出てベレニスの腕に抱かれた子羊の頭に触れながら叫んだ。「魅力的な生き物たちだこと! 春の花のように行ったり来たりしますね」
口にこそ出さなかったが、一目でベレニスのドレスの芸術性を見極めた。ベレニスが珍しい衣装を着ることは自然なことだとクーパーウッドははっきりと理解した。ベレニスは、気取っているのが自分にとって自然であり、肉体的魅力の一部である特権であり義務であると考えながら、気取った様子の重要性に気がついていないふりをした。
「もう少し早く来ればよかったのに」ベレニスは言った。「お隣のアーサー・タビストックさんに会えたかもしれないわ。後片付けのお手伝いをしてくださったのよ。ロンドンに行かなければならなかったというのに、明日も手伝いに来てくれるそうよ」
「いやはや! 人使いの上手な女主人だこと! お客さまをこき使うとは! ここでは仕事がメインのお楽しみになっているんですか? 私は何をするのでしょう?」
「お使いかしら。それも、山ほどあるわ」
「まあ、そうやって人生を始めましたからね」
「そうやって人生を終えることがないよう、お気をつけて」ベレニスはクーパーウッドの腕をとった。「行きましょう、あなた。ねえ、ドブソン!」ベレニスは羊飼いに向かって叫んだ。羊飼いは進み出て、ベレニスの腕から子羊を受け取った。
二人は、なめらかな緑の芝生を横切ってハウスボートまで歩いた。天幕のかかったベランダに、テーブルが広げられていた。中では、船の開いた窓の一つで、カーター夫人が読書をしていた。クーパーウッドが丁寧な挨拶を終えると、ベレニスは彼をテーブルに案内した。
「さあ、ここに座って自然を堪能してください」ベレニスは言った。「体の力を抜いてロンドンのことは全部忘れてください」それから彼の前にお気に入りのミントジューレップを置いた。どうぞ! もし時間があるのなら、私が考えた私たちにできることを少しお話しさせてください。いいですか?」
「いつでもどうぞ」クーパーウッドは言った。「準備はできています。私たちは自由ですよ。アイリーンはパリに発ちました」打ち明けるように付け加えた。「口ぶりからすると、十日は戻ってこないでしょう。それで、何を思いついたんですか?」
「母と娘と後見人とでイギリスの大聖堂巡りをするんです!」ベレニスは即答した。「私はずっとカンタベリーとヨークとウェルズを見たいと思ってました。大陸へは行ってられませんから、そういうことに時間をかけるのがいいんじゃないかしら?」
「それは理想的ですね。イギリスはあまり見たことがなかったから、楽しみですね。私たちだけになれますよ」クーパーウッドの手がベレニスの手をとり、ベレニスの唇が彼の髪に触れた。
「私が新聞のあなたの騒ぎと無縁でいるとは思わないでくださいね」ベレニスは言った。「すでに、かの偉大なクーパーウッドが私の後見人である事実が広まっています。家具の運送屋が、私の後見人と〈クロニクル〉で話題のアメリカの大富豪は同一人物なのかって、知りたがってました。認めるしかなかったわ。でも、アーサー・タビストックは、私に優秀な相談相手がいるのは当たり前だと思ってるみたいよ」
クーパーウッドは微笑んだ。
「使用人や、彼らの考えそうなことくらい検討済みでしょう」
「確かにそうだけど、あなた! 厄介よね、でもそうしないといけないし。それもあるから、一緒に旅行したいんです。じゃ、ひと休みしたら、面白いものをお見せしたいわ」クーパーウッドに付いて来るように合図をしながら微笑んだ。
ベレニスは大広間の先にある寝室へと案内した。化粧ダンスの引き出しを開けて、銀の裏側にステイン伯爵の盾形の紋章が刻まれた一対のヘアブラシと、とれた襟のボタンと、ヘアピン数本を取り出した。
「もしヘアブラシと同じくらい簡単にヘアピンの持ち主が特定できたら、これでロマンスがばれちゃうかもしれないわね」ベレニスは茶目っ気たっぷりに言った。「でも、高貴な領主の秘密は、この私がお守りいたします」
そのとき、コテージのまわりの木々の下から、羊の鐘の音が聞こえた。
「ほら!」音がやむとベレニスは叫んだ。「あれが聞こえたら、どこにいても、夕食に来てください。お辞儀をする執事の代わりですから」
ベレニスの計画では、旅行はロンドンから南へ、おそらくロチェスターに立ち寄ってそれからカンタベリーに行くことになっていた。すばらしい石の詩に敬意を表した後、彼らはストゥール川沿いの質素な宿に車を走らせることになっていた……この旅の優美な簡素さを壊すような立派なホテルやリゾートもなかった……そこで暖炉のある部屋と、最も質素なイギリス料理を楽しむつもりだった。ベレニスは、チョーサーやこういうイギリスの大聖堂にまつわる書物を読んでいたので、それらが作られた精神を再体験したかったのだ。カンタベリーからウィンチェスターに行き、そこからソールズベリーへ、そしてソールズベリーからストーンヘンジへ、さらにウェルズ、グラストンベリー、バース、オックスフォード、ピーターバラ、ヨーク、ケンブリッジを巡ってそれから帰路につく。しかし、ベレニスのこだわりどおり、一貫してただの伝統的なものは避けることになった。宿も最小の宿、村も最も素朴な村を探すことになった。
「私たちには、そういうのがいいのよ」ベレニスは言った。「私たちってあまりにも欲望のおもむくままでしょ。こういうすてきなものをすべて勉強すれば、もっと立派な地下鉄を作れるかもしれないわ」
「では、あなたは簡素な綿のドレスで満足すべきですね!」クーパーウッドは言った。
クーパーウッドにすれば、自分たちの休暇旅行の本当の魅力は、大聖堂でも村のコテージでも宿屋でもなかった。自分を虜にしたベレニスの気質と感性の変化に富んだ鮮やかさだった。彼の知人には、五月の初旬に、パリでも大陸でも選べるのにイギリスの大聖堂の町を選ぶような女性はひとりもいなかった。しかしベレニスは、自分が求めてやまない喜びと充実を自分の中に見出しているらしい点で、他の人とは違っていた。
ロチェスターでは、ジョン王、ウィリアム・ルーファス、サイモン・デ・モンフォール、ワット・タイラーについて語るガイドの話を聞いた。クーパーウッドはそのすべてを、一度は隆盛を極め、何らかの利己的な考え方を持ち、突き進んでここにいるすべての者のように無に帰した単なる影、人、生き物として聞き流した。彼は川に降り注ぐ日差しや、空気の春らしさの方が好きだった。ベレニスでさえ、そのどこか平凡な景色に少しがっかりしたようだった。
しかし、カンタベリーでは全員の気持ちが大きく変わった。宗教的な建築物に全然興味がなかったカーター夫人でさえ例外ではなかった。「でも、こういう場所は好きだわ」曲がりくねった通りに入ると口にした。
「巡礼者はどの道を通って来たのか知りたいわ」ベレニスは言った。「これかしら。ほら、ほら、大聖堂があるでしょう!」ベレニスは、石造りのコテージの低い屋根の上に見える塔と三角小間を指さした。
「すてきですね!」クーパーウッドは言った。「それに、楽しい午後でもありますしね。昼食を先にしますか、それよりも大聖堂を満喫しますか?」
「大聖堂が先よ!」ベレニスは答えた。
「じゃ、その後で冷めたお昼にしましょう」母親が皮肉を込めて口を挟んだ。
「お母さんてば!」ベレニスはたしなめた。「カンタベリーなのよ、よりによって!」
「まあ、これでもイギリスの旅館のことくらい多少は知ってるわよ。それに一番になれないのなら、最後にならないことがどれだけ重要かも知ってるわ」カーター夫人は言った。
「一九〇〇年には宗教の力があったところなんです!」クーパーウッドは言った。「田舎の旅館で出番を待っているにちがいありません」
「私は宗教に反対する言葉を持ち合わせていませんけど」カーター夫人は強く言った。「教会は別ですから。それとは関係ありませんもの」
カンタベリー。曲がりくねった通りは人でごった返し、壁の中は静寂、大聖堂自体の荘厳で時代がかった黒ずんだ尖塔、小尖塔、控え壁がある境内は十世紀のようだ。コクマルガラスが羽ばたいて飛び、縄張りを巡って争っている。中には、いろいろな墓、祭壇、額石、聖堂がある。ヘンリー四世、トーマス・ベケット、ロード大主教、ユグノー派、エドワード黒太子ゆかりのものだ。ベレニスはそう簡単には引き離せなかった。ガイドと観光客の一団は、行列になってゆっくりと歴史をしのぶものを次から次へと見て回った。ベレニスはユグノーが生活し、避難し、礼拝し、衣類を織った地下室に残って、ガイドブックを片手に瞑想した。そう、そこはまた、トーマス・ベケットが殺された場所でもあった。
物事を大局的に見るクーパーウッドは、この些末なことに耐えられなかった。彼は過ぎ去った男女のことなどにほとんど興味がなく、生きている現在のことで多忙を極めていた。花が咲き誇る歩道や大聖堂がよく見える広い庭園の方がよかったので、しばらくしてから外へ抜け出した。そのアーチや、塔、ステンドグラスの窓、丁寧に作られたこの聖堂全体はいまでも魅力的だったが、すべては彼のような利己的で保身的な生き物の手と頭、願いと夢のせいだった。そして、歩き回りながら考えたが、とても大勢の者がこの教会を我が物にしたくて戦ったのだ。そして今は壁の内側にいる。名誉を与えられて、尊敬される高貴な死者になった! 果たして高貴な人がいただろうか? 疑いの余地なく高貴な魂のようなものが、これまでに存在したことがあっただろうか? クーパーウッドは信じる気にならなかった。彼らはみな生きるために殺した、そして一族の繁栄のために欲望に溺れた。現に、戦争、虚栄心、体裁、虐待、貪欲、肉欲、殺人が本物の歴史をつづったのであり、神話の救世主や神に救済を求めて走ったのは弱者だけだった。そして、強者は弱者を征服するためにこの神への信仰を利用した。そして、こういう寺院や神殿にも利用された。彼は見て、考え、そして今でもとても美しい多くのものに何だかむなしさを覚えた。
しかし、十字架や宗教的な碑文と熱心に向き合うベレニスをときどき垣間見ることでクーパーウッドは十分に元気を取り戻した。こういうときのベレニスには、一見非物質的に、精神的に、瞑想にふけるような優美さがあった。これは、他のときには灰色の岩に咲く赤い花の力強さと輝きを授けることもあったあの異教徒的な現代性を払拭した。クーパーウッドが今自分で考えたように、おそらく、これらの色褪せた記念碑や造形物に対する彼女の反応は、贅沢に対する彼女の喜びともつながっていて、絵画に対する彼自身の個人的な喜びや、権力をほしがるのと似ていなくもなかった。クーパーウッドはこれには敬意を表したかった。巡礼が終わって、みんながいよいよ夕食を食べに行こうという気になった頃、ますますその気持ちが大きくなった。ベレニスは叫んだ。「今夜、夕食が済んだらここに戻りましょう! 新月ですもの」
「なるほど!」クーパーウッドは面白がって言った。
カーター夫人はあくびをして、自分は戻りませんと伝えた。夕食が済んだら自分の部屋に下がるつもりだった。
「お母さんはそうすればいいわ」ベレニスは言った。「でも、フランクは絶対に戻らなきゃだめよ!」
「もちろんです! 誓いますとも!」クーパーウッドは甘やかして言った。その後、宿で簡単な食事を済ませてから、ベレニスはクーパーウッドの先に立って暗くなっていく通りを進んだ。境内に続く彫刻の施された黒い門をくぐると、月が青黒い鋼鉄の屋根に生えた新しい白い羽根のようで、大聖堂の長いシルエットのてっぺんの尖塔の飾りにしか見えなかった。最初はベレニスの突拍子もない気まぐれに誘われて、クーパーウッドは律儀に目を凝らした。しかし今、彼を揺さぶったのは彼女自身の反応の混ざったものだった。ああ、若いということ、色や形、人間の営みの神秘と無意味さに興奮し、深く心を動かされたこと!
しかし、ベレニスは、このすべてを生み出した薄れゆく記憶や、希望と恐怖のごちゃ混ぜだけではなく、無言の時間と空間の神秘や大きさのことも考えていた。ああ、理解すること、知ること! 生きる理由だか言い訳を真剣に考えて探し求めること! 自分の人生は、単に社会的に、あるいは個人として自分を満足させるための、賢く、打算的で、冷酷な決意をした人生だったのだろうか? それは自分にとって、あるいは誰かにとって、何の役に立つのだろう? それは、どんな美を創造するのだろう、あるいはもたらすのだろう? 今……ここ……この場所で……記憶と月明かりの中で……何かがすぐそばに、心の中にあった……それがつぶやいた、静寂と平和……孤独……充実……自分の人生が完全で有意義になるような、完全に美しいものを作りたい。
しかし……これは大それた夢だ……月が自分に魔法をかけたのだ。なぜ何かを望まねばならないのだろう? 女性が欲しがるものはすべて持っていたのに。
「戻りましょう、フランク」最後にベレニスは言った。自分の中の何かが自分に失望し、美の感覚が永遠になくなった。「宿に戻りましょう」




