第27章
クーパーウッドは列車の中で母親の心配事についてベレニスと話し合った。ベレニスは、別に意味はない、急激な環境の変化に過ぎない、と保証した。ここで少し成功すれば、母親の調子は改善するだろう。
「もし問題がどこからか発生するとしたら、イギリス人ではなく、イギリス訪問中のアメリカ人からかもしれないわ」ベレニスは考え込むように言い添えた。その間に二人はしばらく周囲に気づかれないまま、すてきな景色を次々に通り越した。「もし避けられるのなら、私はこのロンドンで、アメリカ人への紹介やアメリカ人からの招待を受けたり、アメリカ人を接待したりするつもりはないわ」
「それは正しいですね、ベヴィ。そうするのが一番賢明です」
「母を怖がらせるのはその人たちです。知ってるでしょ、アメリカ人って何だかここの人たちのようなマナーも礼儀も寛容さもないのよね。私、ここだと落ち着くわ」
「あなたが好きなのは、彼らの古い文化と外交的な態度ですよ」クーパーウッドは言った。
「イギリス人は腹を割って話さないし、結論が出るまでに時間がかかります。我々アメリカ人は未開の大陸を手に入れて、ほんの少しの年月で開発しているというか開発しようとしています。ところが、ここの国民は千年もこの小さな島で働いてきたんです」
二人はウィンザーで不動産屋のウォーバートンに会った。不動産屋には案内するつもりの物件について言うことがたくさんあった。そこは本当に川でも最高の名所の一つだった。数年前の夏まで何年も、ステイン卿が住んでいた。
「お父上が亡くなられてからは」不動産屋は内緒で教えてくれた。「ほとんどトレガサルへ行ってしまいましたね。あちらが本領ですから。昨年はここを女優のコンスタンス・ハサウェイ様に貸しておられましたが、今年はブルターニュに行くのだそうで、ふさわしい入居者が見つかるようなら貸してもよい、とステイン卿が申されたのは、ほんの一、二か月前なんです」
「トレガサルには広い土地をお持ちなのですか?」クーパーウッドは尋ねた。
「最大規模の一つですね」不動産屋は答えた。「およそ五千エーカー。ステイン卿はめったに使いませんが、本当に美しい場所です」
その瞬間、面倒な考えがクーパーウッドの頭に浮かんだ。もう二度と嫉妬に駆られまいと自分に言い聞かせてはいたが、ベレニスが自分の人生に入り込んでからというもの、激痛を感じ始めているというのが事実だった。ベレニスはクーパーウッドが望むほとんど全てだった。こういう状況で、同じくらい頭脳明晰で機知に富んでいたなら、ベレニスは若い方の男性を好むのではないだろうか? もしベレニスがステインのような人に会って知り合うことになっていたら、彼女を手もとにとどめることは期待できただろうか? この考えが、クーパーウッドのベレニスとの関係に、以前には存在しなかった何かの色を注入した。
プライアーズ・コーブには、夢のような建築と造園の技術が使われていることが判明した。設備は最新だが百年以上の歴史があり、直線で約百フィートあった。高さ十八フィートを優に超える大きな木々のもとで、小道、生垣、花園、家庭菜園などの混合地に囲まれていた。その裏の、川に面した屋敷の南側には、絵のようなレスターシャー厩舎が二列に並び、風変わりな柵、門、繁殖地、巣箱があった。ウォーバートンの指摘したとおり、居住者が利用できる乗馬用と馬車用の馬、黒いミノルカ島産の鶏、牧羊犬、羊の群れがいて、すべてが庭師、馬丁、農民に世話されて、借り主は屋敷と一緒にこういう労働力も手に入れていた。
クーパーウッドもベレニスのように、その牧歌的な雰囲気に心惹かれた。ガラスのように滑らかなテムズ川がゆっくりと静かにロンドンに向かって流れていき、広大な芝生が川まで続いていた。はためくカーテンと籐椅子とテーブルを備えつけた明るい天幕を張ったハウスボートが波止場に停泊していた。クーパーウッドは、ハウスボートに通じている小道の真ん中に立つ日時計に思いを巡らせた。光陰矢のごとしだな! すっかり老人になってしまった。ベレニスが、この自分よりも若い男性に会おうとしている。しかもベレニスに興味を起こさせるかもしれない相手だ。数か月前にシカゴのクーパーウッドのところへ来たときベレニスは、自分のことは自分で決めます、ただ私がそうしたかったからあなたのところへ来ました、と言っていた。すると、ベレニスがもうクーパーウッドを望まなくなったときは離れてしまうのだ。当然、クーパーウッドはこの場所を借りる必要はないし、ステインと資本提携をする必要もない。相手は他にもいるし、他の方法もある。アビントン・スカーやエティンジ卿にも可能性はある。どうして負ける心配をするのだ? クーパーウッドは満ち足りた人生をおくってきたし、何が起ころうともそれを続けるだろう。
クーパーウッドは、ベレニスが大喜びしながらこの場所の美しさに感動していることに気がついた。クーパーウッドの気持ちも知らないで、ベレニスはすでにステイン卿に思いを巡らせていた。つい最近、父親のこの素晴らしい土地に入ったばかりと聞いていたので、それほど年をとっているはずはなかった。しかしベレニスは、ウォーバートンの説明にあった、この近くの社会的特徴にすっかり夢中だった。何しろすぐ近くには、王座裁判所のアーサー・ガーフィールド・ライアススリー・ゴール、〈全英タイル&パターン社〉のヘバーマン・カイプス卿、植民地事務局のランキィマン・メインズ閣下が、さまざまな他の大物の卿や小物の卿、爵位や紋章をもつ女侯たちと共に住居を構えていた。これにはクーパーウッドも同じように興味を持ち、ベレニスと母親はこれをどう思うだろうと考えた。ベレニスが指摘したとおり、ここでは春から夏にかけて、政界、行政、芸術界、社交界に属するロンドンの都会派のハウスパーティー、園遊会、地域親睦会が盛んで、正式に招待されれば昼も夜も充実するかもしれなかった。
「実際は」クーパーウッドはこの点について言った。「人が上に行くこともあれば沈むこともある環境ですね。どちらにしても、あっという間で運命次第ですが」
「全くだわ!」ベレニスは言った。「でも、その中で私は上に行こうと努力すべきね」
クーパーウッドはベレニスの楽天的で勇敢なところに改めて魅了された。
そして、生垣を調べに行っていた不動産屋が戻ってきた。クーパーウッドはさっそく話しかけた。
「ちょうどフレミングさんに勧めたところです」クーパーウッドは事前にベレニスに断りもなく言った。「本人と母親がいいのであれば、私はここの賃貸契約に同意します。必要な書類を私の事務弁護士に送ってください。単なる形式ですが、フレミングさんの後見人としての私の法律上の義務のひとつですのでね」
「承知いたしました、クーパーウッドさん」不動産屋は言った。「ですが、書類が整うまでに、数日かかります。来週の月曜か火曜までは無理でしょう。ステイン卿の代理人のベイリーさんがそれまで戻りませんので」
ステインが自分の賃貸の詳細にまでは首を突っ込まないとわかって、クーパーウッドは何だかうれしかった。いずれにせよ、これで当分、名前は取り沙汰されなくなるだろう。将来については、少し考えずにはいられなかった……




