第26章
クーパーウッドがバーリントン荘園から戻ってベレニスのアパートを訪ねてみると、ベレニスがコテージを視察に行く準備をしているのを見つけた。母親と過ごすのに適した夏の別荘としてホークスベリィ大佐が提案したものだった。ベレニスによると、場所はテムズ川のメイデンヘッドとマーローの間だった。
「それで、オーナーは誰だと思いますか?」ベレニスはなぞなぞと驚かすつもりでクーパーウッドに尋ねた。
「さあ、あなたの心を読もうとしない限り、さっぱり思いつきませんね」
「では、読んでみてください」
「私ではありません! 難しすぎます。どなたでしょう?」
「同姓同名の貴族が二人存在しない限り、シッペンスさんが知らせてきたあのイギリス貴族以外の誰でもありません。ステイン卿です」
「まさか?」クーパーウッドはあまりの偶然に驚いて言った。「どういうことでしょう。当人に会ったんですか?」
「いいえ。でも、ホークスベリィ大佐がここを熱心に勧めてくれました。ロンドンのすぐ近くだからって。それと、大佐と妹さんもそこにおるんですって!」ベレニスはホークスベリィのしゃべり方を真似た。
「そういうことなら、そこをよく見ておいたほうがいいですね」クーパーウッドは言った。同時にベレニスの魅力的な衣装に感心しながら気がついた。灰色がかった緑のロングスカートとタイトジャケットで、ジャケットは金の紐と金のベルトで縁取られていた。赤い羽根を一つ見せびらかしている小さな緑色の帽子が、頭の脇にのっていた。
「ステインには会いたいんだ」クーパーウッドは続けた。「ちょうどいい口実になるかもしれないな。だが、ここは慎重にいかないとね、ベヴィ。裕福でとても影響力があることはわかっているんだ。こちらの条件で関心をもたせることができればいいんだが……」言葉を濁した。
「私も同じことを考えていました」ベレニスは言った。「じゃあ、さっそく一緒に確かめに行くというのはどうかしら? 母は今日疲れているから家にいます」
ベレニスの態度はいつものように、軽く、あいまいで、冗談めかしていた。それはどんな状況でも彼女の自然な強さ、知略、楽観性を完全に反映していたからクーパーウッドをとても喜ばせた。
「何にしても、この衣装と一緒にいられる喜びだけで十分うれしいです!」クーパーウッドは言った。
「もちろん」ベレニスは続けた。「みんなには説明しましたよ、私が決められるのは後見人の同意があるときだけだって。自分の務めを果たす準備はできてますか?」ベレニスは生意気な目を向けて尋ねた。
クーパーウッドはベレニスのところまで歩いて行き、抱きしめた。
「もちろん、私にとってすべてが初めてのことですが、やってみます」
「まあ、いずれにせよ」ベレニスは言った。「私がお手伝いします。不動産屋に相談したところ、ウィンザーで会うそうです。その後で、すてきな小さな古い旅館を見つけてお茶にすればいいと思ったんですが」
「それでいこう! こちらではこう言うんですよね。でも、まずはお母さんに一声、挨拶しておきます」クーパーウッドはカーター夫人の部屋に急いだ。
「ねえ、ハッティ」クーパーウッドは夫人に挨拶した。「調子はどうですか? 古き良きイギリスで元気でやってますか?」
ベレニスの陽気さとは裏腹に、母親は落ち込んでいるだけでなく、少し疲れているように見えた。すべてがあっという間の出来事だった。上流の盤石な愚か者の楽園から、この富の冒険への華麗で派手な転落は、身の回りの装備がどれほど豊富であろうと、前途には危険が待ち伏せているのだから、恐怖だった。生きていくのは大変なことなのだ! 確かに、彼女は才能に恵まれたしっかりものの娘を育て上げた。しかし自分と同じ頑固者で手に負えなかった。だから、その娘の運命は正確に予測できなかった。クーパーウッドはこれまでずっと、そして今も、ものすごい知恵と財力でたっぷり自分たちを守ってくれたが、それでもカーター夫人は恐れていた。大衆の支持を公然と得ようとしているときに、しかもアイリーンを前面に押し立てているときに、自分たちをイギリスへ連れて来たという事実が、カーター夫人を困惑させた。ベレニスによれば、たとえ完全に受け入れられなかったとしても、この方針は必要だった。
しかし、この説明は夫人を完全には説得できなかった。夫人は生きてきて負けてしまった。夫人につきまとっていた亡霊は、ベレニスも負けてしまうという恐怖だった。何しろ、アイリーンがいて、クーパーウッドの移り気があり、誰のことも助けない、誰のことも許さない冷酷な世間があった。雰囲気にも、目にも、そしてリラックスした姿にも、これがすべて表れていた。ベレニスは知らなかったが、カーター夫人はまた飲むようになっていた。クーパーウッドが入る少し前にも、この特別な対面に備えて気合を入れようと、大きなグラスでブランデーを飲み干していた。
カーター夫人はクーパーウッドの挨拶に応えて言った。「ええ、イギリスなら、とっても気に入ってますよ。ベヴィったらここのすべてに夢中だわ。あなた方はコテージを見に出かけるつもりなのよね。もてなすつもりにしろ、もてなさないにしろ、二人が想定する人数が問題ね」
「あなたは私ではなく、ベヴィのことを言っているんだと思います。彼女は磁石みたいですね。でも、あなたは少し落ち込んでいるようですよ、ハッティ。どうかしたんですか?」クーパーウッドは怪訝そうに、同情しないでもなく相手を見た。「さあ、さあ、最初の数日で神経をすり減らさないでくださいよ! なあに、ちょっと大変なだけですって。大変な旅だったんで、疲れたんですよ」カーター夫人に近寄って、肩に優しく手をおいたところ、そのときにブランデーのにおいに気がついた。「ねえ、ハッティ」彼は言った。「あなたと私はお互い長年の知り合いです。私はいつだってベヴィに夢中でしたが、あの娘がシカゴの私のところへ来るまでは、いかなる形であれ傷がつくようなまねを一度もしなかったことはご存知でしょう。そうですよね、違いますか?」
「ええ、フランク、そうですとも」
「彼女を手に入れることはできないと感じたので私が望んだのは、何か事態が悪化しないうちに、社交界に入れて、結婚させ、あなたの手もとから離れてもらうことでした」
「ええ、わかってます」
「もちろん、シカゴで起きたことは私に責任がありますが、必ずしもそれが全てではありません。なぜなら私が彼女をとても必要としていたときに、彼女の方から私のところに来たのですから。さもなければ、あのときでも私は彼女を我慢したかもしれません。とにかく今、我々は沈むにせよ泳ぐにせよ、みんなで一緒の船に乗っています。あなたはここでの事業を絶望的だと見てますね。わかりますよ。私はそう見ていません。覚えておいてください、ベヴィは頭脳明晰で機知に富んだ娘です。それに、ここはアメリカではなくイギリスです。ここの国民は、アメリカでは夢にも思わなかった形で、知性と美貌に道をあけるのです。気を引き締めて自分の役目を果たすだけで、すべてがうまくいきますよ」
クーパーウッドはもう一度、カーター夫人の肩を軽く叩いて、目を覗き込み、自分の言葉の効果を確かめた。
「私が頑張ることは知っているでしょう、フランク」夫人は言った。
「でも、やってはいけないことが一つあるのですよ、ハッティ、それはお酒を飲むことです。自分の弱さをご存知でしょ。それに、もしベヴィがそれを知ったら、落胆させて、私たちがしようとしていることをすべてやめてしまうかもしれません」
「ああ、私、何でもするわ、フランク、何でもよ。私がしたことの埋め合わせをあの娘のためにできるものならね!」
「その調子ですよ!」クーパーウッドは励ましの笑みを浮かべて、夫人のもとを離れてベレニスのところへ行った。




