役者交代
9月5日午後3時【ロシア社会主義人民共和国連邦 モスクワ州 モスクワ市 クレムリン地下】
白鳥から変幻した老婆=チクシュループはクレムリンの地下深く降りて行く。
途中で警備兵達にエレベータを停められても乗降用籠を破壊して階下に叩き付け、フワリと浮遊しながらエレベータシャフトを降りて行く。
守備隊の兵士が次々と銃弾と手榴弾をシャフトに投げ込んでも、シールドで防がれてしまうので守備隊にはなす術もない。
「お退き小童ども」
チクシュループは通路に群がる守備隊を腕の一振りで溶解させると司令部まで押し入る。
「ふえっふえっ、表はザルな守備隊じゃったぞ。これではただの穴蔵じゃのぅ……」
司令部内の将校や政治指導や達を見回すとチクシュループがニタリと笑う。
「また''訪問者''か!」
マカロフ大統領が拳銃を構えるが、老婆の一睨みで拳銃を持った右手がドロリと溶けてしまう。
「うぐぅぐ………」
マカロフは司令部の床を右手の有った辺りを抑えて転げ回る。
溶解は止まっておらず、じわじわとマカロフの右肩から首や胸に広がっていく。
「ほんに人間は柔じゃのう」
「ここまでにしておけ”マヤの魔女”チクシュループ」
ポピガイが司令部の奥から出てきて、マカロフの溶解を止めた。
そして対戦車ロケット弾を思念力でチクシュループにぶつけた。
「なんじゃポピガイ。久しいのぅ」
老婆がシールドでロケット弾を難なく防ぎながら、ポピガイの身体を枯れ枝のような腕で持ち上げて、司令部の天井に勢いよく叩き付ける。
天井からコンクリート片がバラバラと司令部内に降り注ぐ。
ポピガイは戦場での消耗が激しかった為、シールドも弱い。
「……ぐむぅ」
ポピガイの呻き声が司令部に響く。
「ポピガイ、おぬしにしては少々ずぼらなやり方さのう」
老婆が嘲る。
「所々に甘さが見えまくりじゃ。まぁ、バリーのところも大概じゃがな。出来レースもいいところじゃろ?」
「なんだとっ、同志ポピガイ!」
マカロフが驚愕の声を上げた。
「やかましいわっ!」
チクシュループが今度こそマカロフをあっさり液体にして蒸発させた。
「おいっ!ロシアの指導者だったんだぞ!」
慌てたポピガイがチクシュループに憤りの目を向けるが、
「我欲にまみれた弱い指導者は要らぬ。最期の責任はきちんと取るのじゃ。
今度は儂が上手くやってみせよう」
チクシュループは白鳥に変身すると地下司令部のエレベータシャフトから地上へ脱け出して飛び去った。
満身創痍のポピガイは、生き残った司令部要員に向けて言った。
「我々の仕事を続けよう。
これ以上戦力を消耗すると防衛力自体も低下してしまう。全軍に停戦命令を。米国に休戦交渉を申し入れろ! 」
1時間後、ロシア連合軍は全部隊がその場で進撃を止め、戦闘行為を停止した。
出撃していた爆撃機や原潜も全て帰港の途に着いた。
ポピガイがほっとした頃、地下司令部の要員がバイコヌール宇宙軍司令部から中国ステーションが突如地球落下軌道に入った報告を受けた。
「地球の何処に堕ちる?」
ポピガイが訊く。
「此処です」
要員は青ざめながらも、静かに答えた。
「モスクワ市に避難命令を出せ!米国にホットラインだ!」
「ムルマンスク、バイコヌール、サンクトペテルブルク、ウラジオストックの各主要司令部には独断行動を許可する権限を移譲しろ。
戦略ロケット軍は”次の政権”が誕生するまで動くな!政府機関はサンクトペテルブルクに緊急避難だ。一人でも多く、市民と共に脱出しろ」
「最後に君たちも脱出しなさい。これは、大統領補佐官の命令です」
そう言うとポピガイは最後の能力で司令部要員をまとめてフワリと浮かせると、地上まで運んだ。
やがて一人きりになった地下司令部でポピガイは指令席にどっかと座ると目を閉じた。
クシマ、こっちは役者交代だ。
次はマヤの魔女、チクシュループ婆だ。でっかいデブリを此方に落としてきたよ。
気を付けろ。
あれは強大だし知恵も回る上に残虐だ。敵には容赦しないぞ。
私は最期まで此処で責任を果たすよ。
バリー達によろしく。
3時間後、衛星軌道上でコントロールを失った旧中華人民共和国の無人宇宙ステーション『天空2号』が秒速8kmで大気圏に突入し、モスクワの夕焼け空を赤く照らしながらモスクワ市中心部に激しい勢いで落下した。
落下の衝撃と熱で燃料の小型原子炉が爆発、クレムリン宮殿、ポピガイの居る地下司令部、赤の広場、KGB本部等が巻き込まれて消滅した。
モスクワ市街の半分が消滅し、残りは炎上した。
逃げ遅れたモスクワ市民約400万人が犠牲となった。
同日、ロシア社会主義人民共和国連邦政府は瓦解し、3日後にサンクトペテルブルクで新政権が誕生した。
「過去の確執に囚われ、世界を邪な野望で血に染めようとしたマカロフはモスクワ市と運命を共にしました。
尊い犠牲を無にしないためにも、私達は今度こそ東西関係なく人類全体の発展に邁進せねば、なりません。
その為にはまず国民の生活を豊かに、そして希望を持てる社会を作らねばなりません!」
ワシリーナ・マリノフスキー ”ロシア連合共和国”大統領が力強く演説し、サンクトペテルブルク市民の熱狂的な声援がそれに応えた。
異常事態に戦争、デブリの落下で国内外が混乱し生活に苦しんだロシア国民は熱狂的に彼女を支持した。
マリノフスキーの演説に熱狂的な声援が贈られる中、彼女のやや背後に静かに佇む老婆の顔はまるで白雪姫に毒リンゴを食べさせた魔法使いのように、満面の笑みで顔をくしゃくしゃにしていた。
老婆はマリノフスキーの筆頭大統領補佐官でタチアナ・メレンツォフ、又の名を”チクシュループ”と言う。
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