西側各国の植人たち
日本の研究チームが植人との会話装置を開発し実験に成功した情報は、直ちに西側各国に伝えられた。
島原所長が報告書に添えた会話装置の設計図と使用説明書を基に、各国でようやく植人との対話が始まるのだった。
9月2日【米国 ニューヨーク州 マンハッタン ウォール街の一角】
会話装置を持った若い警官が閉鎖されたニューヨーク証券取引所の近くに出現していた「真新しい林」に近付くと、両端が金属メッキで覆われたスマホのような機械を1本の樹木にそっと当てた。
そして、陽気に「ヘイ!調子はどうだい?」と話しかけた。
「……今日のダウはどうなっているんだ?」
ややせっかちな中年男性の声が会話装置となったスマホから聴こえてきた。
「ジェントルマン、心配は無用だ。NYSE(ニューヨーク証券取引所)は長い夏休み中さ。世界中がお前さん達”植人”と会話出来るまでな」
冗談ぽく答える若い警官。
「OMG!あんた俺の声が聴こえるんだな……」
男性の声は涙声だった。
「ああ、良く聴こえるぜ!……お帰りなさい。ジェントルマン」
警官が優しい声で祝福した。
その植人となっていた中年男性は聴取の結果、敏腕の大手証券ディーラーであり本人同意のもと、慎重な作業により、その場から樹木ごとFRB(連邦準備制度理事会)の臨時保護施設に移送された。
後に彼はFRB(連邦準備制度理事会)植人職員として、崩壊した世界経済システムの再構築に嬉々として没頭する事となる。
西側各国で植人との対話が次々と成功すると、各国は「まだ生きている」植人の保護に全力を挙げた。彼らは政府から各々の希望を聴かれた後、最適な場所に配置されていった。
ある者は病院で患者を見守り、またパトカーに搭載されて自律走行しながら市街をパトロールしたり、特殊な保護装置に格納されて思念波で飛行機や船舶を操ったり、戦車や戦闘機に搭乗して、人類社会に「復帰」した。
彼ら彼女らは1か月半を超える日々を無為に過ごして人間社会が恋しかったせいか、懸命に自らの役割を果たして対話役の人間と積極的な交流を持つようになっていった。
西側諸国で植人化した人口は約5000万人に上っていたが、そのうち対話が始まるまで「生き残った」植人は約2500万人に留まった。
半数の植人が最初の数日で人としての気力を失い、諦めて溶解したり物言わぬ大木になってしまったのである。
西側各国政府は自国に滞在する''訪問者''や生き残った植人の意見も聴くと、無言の大木と化した彼ら彼女を植人の能力も使いながら丁寧な作業で国立自然公園や行政が管理する静かな緑地公園に移動させて安寧な余生が過ごせるよう願うのだった。
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