新たな力
ドイツ東部国境でNATO軍とロシア連合軍が激突して攻防戦が繰り広げられていた頃、日本では新たな''訪問者''が目覚めようとしていた。
【長野県 飯田市 南アルプス南部 御池山付近】
山の麓にある小さな祠に一人の野良着姿の老婆が、予備自衛官として召集された孫の無事を祈っていた。
老婆の夫は先の大戦で戦死していた。
孫は田舎の自然が大好きで、息子夫婦が帰省する度に田んぼや森の中を走り回って遊んでいた。
やがて成人し都内の会社を10年ほど勤めた後にひょっこりと祖母の所にやって来て、田畑の手伝いをしたいと申し出てくれた。
最初はへっぴり腰で半日も持たずに村の者にも笑われていたが、数年経った今では貴重な田畑の後継者となっていた。
「どうか、無事に帰って来ますように」
老婆は暫し祈りを捧げていた。
「お孫さんは大丈夫じゃけん、心配せんでもよかよ」
祠の裏手からひょっこりと、出てきた痩身の老人が語りかけてくる。
老婆は、自分の祈りが口に出ていてしまったかの?と少し恥ずかしくなった。
「そうかえ、そんならええんじゃあ」
照れ隠しに答える。
「んだ。任せんしゃい。そう遠くない内に帰ってくるけん、元気に待っとってよ」
老人はそう語った瞬間、鷹に変身してあっという間に空高く舞い上がって南東の空に消えていった。
老婆は大変驚いたが、鷹が飛び去った方向に何時までも頭を下げたままだった。
【東京都 千代田区 永田町 首相官邸】
全閣僚と久島兄弟が参加する会議室の隅で、何故か一郎に呼び出された鉢植え光太郎と夏乃が、居心地悪そうに座っていた。
ちなみに、二郎と三郎は相変わらず夏乃の隣で黙々と羊羮と抹茶を堪能している。
緊急閣議では、須賀官房長官が世界各地の状況を報告していた。
「ドイツ東部では、NATO軍とロシア連合軍がオーデル川に於て激しい攻防戦になっています。
今のところ、''訪問者''シュタインハイムが最前線でロシア連合軍と、ポピガイ、植人部隊の進撃を防いでいます」
「トルコ東部でもアルメニア国境からロシア連合軍が侵攻し、国境地帯の都市を制圧しながら、中部の要衝へ迫りつつあります。
本来であれば、東部最大のインジルリク空軍基地からのNATO軍の航空支援で撃退出来る筈ですが、ポスポラス海峡を抜けたロシア原潜艦隊のミサイル奇襲攻撃を受け、基地と空軍戦力は壊滅した模様です。
ロシア連合軍の進撃速度を計算すると、ポスポラス海峡のあるイスタンブールまで早くて3日で到達する様です。
トルコのエルドー大統領から我が国に経済支援と、自衛隊による軍事支援の要請がありました」
「中国大陸では、東北部の黒竜江省からロシア軍が渡河作戦に成功、吉林、大連にまで進撃しています。少数の中国人民解放軍が抵抗していますが、地方の軍閥からなる部隊の大部分はロシア軍との正面衝突は避けている様子です」
「そして北海道ですが、空自のF2と海自の護衛艦隊がロシア海軍艦隊の空母と強襲揚陸艦をミサイル攻撃で撃沈しました。
ロシア艦隊は上陸作戦を断念してウラジオストックに退却しました。
我が方はイージス護衛艦2隻が大破、F2戦闘機20機が撃墜されました。
また、稚内のレーダーサイトがミサイル攻撃を受けて潰滅しました。
稚内市街も北方領土からの砲撃で壊滅的な被害を受けました。
自衛隊の戦死者は240名。市民の犠牲は避難が間に合わず、5000名を超えています」
「えげつないのぅ……」
一郎が嘆く。
「ロシアは我が国とドイツの資産を元手に国内産業基盤の復興と、生産力の向上を図るつもりでしょう」
「クリミア併合以来の経済制裁と審判の日の異常事態で彼の国の生産力は虫の息かと思われます」
須賀の説明が終わった。
続いて桑田防衛大臣が報告する。
「総理。ドイツからの情報によりますとオーデル川前線でロシア連合軍が植人を実戦投入しているとの事です。
植人が搭乗した戦車は砲撃やミサイル攻撃をシールドで防御するため、防衛線が各所で突発されそうになった様です」
「ポピガイだけならまだしも、植人を巻き込むか。酷い事をするのぅ」
一郎は嘆く。
そして、
「光太郎、そろそろ出番じゃのぅ」
一郎が夏乃が持つ鉢植えにめ目をやる。
光太郎は鉢植えから逃げ出す事も出来ずに成すがままだ。
「光太郎は自分の姿を果実に変えたり、半径3mの範囲で物を動かしたり、シールドの展開も出来る。植物の防衛本能と人間の生存本能の思念を融合した新しい力じゃよ」
一郎が植人の能力を説明した。
「ポピガイのところはおそらく、その植人能力を半ば強制的に発現させて戦に応用しているのじゃろ。
……長生きは出来んじゃろうがな」
「植人は本来、人と触れあう事によって意思の疎通が出来る。じゃが、ポピガイのやり方に対抗する為にはより確実な意思疏通が必要不可欠じゃ」
「今の技術ではもう少し進んで、思念の言語化まで不可能では無いと思うがの」
一郎が知見を述べた。
「成る程、感情の振幅を計測して音に変換し、更に人の発声音に進化させる訳ですね」
国立感染症研究所の島原所長が興味を示す。
「そうじゃ、思念から音、音から意味ある言葉に進化させる過程は今まで実現不可能じゃった。じゃが今は、儂も、光太郎も居る」
一郎が島原に答えた。
光太郎は、「そこで何で俺なの?」と思っていたが、また夏乃さんと喋れるならそれはそれで魅力的なテクノロジーだ。
鉢植え光太郎は短い苗をワサワサと揺らしながら賛成の意を示した。
日向首相が
「久島さん、島原君。早速、光太郎君の協力のもと、意思疏通の言語化に取り掛かろう。CDCのホフマン所長の協力も得ることにしよう」
研究開始を指示した。
夏乃は光太郎が戦争に利用されて離れ離れになるのではないかと不安を募らせながら、鉢植えに水をドバドバ注いで、光太郎を水攻めにして光太郎を不安にさせていた。
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