シェルパたち
7月29日午前4時【東京都千代田区永田町 首相官邸 第2会議室】
光太郎ドングリが無事想い人である山岸夏乃と再会してお互いの距離を縮めた光景を微笑ましく見つめた須賀は、秘書官から米国からのメッセージを受け取ると日向にシェルパに参加する旨を報告して会議室に来ている。
須賀は、壁面に埋め込まれた各国の官僚代表が映る衛星回線モニターを見つめた。
通常、サミット(首脳会議)前には参加国を代表する官僚が集まって事前に議題を持ちより、内容の擦り合わせや、情報交換を行って首脳会議がスムーズに進むように努めるのである。
「では、欧州で国家機能を維持しているのは貴国を始め、英国、ドイツ、ベネルクス3国、スイス、オーストリア、バチカン、ベルギー、オランダ、スカンジナビア諸国になるのですね」
須賀が資料に目を落としながら確認する。
「ええ、我が国が把握している限りそのようになります。未曽有の事態に社会が崩壊したため、EU加盟国が軒並み消滅してしまいました。
イベリア半島はジブラルタル付近を除いて無政府状態。南欧も地中海沿いにイタリアからマケドニアに至るまで政府の統治が機能しておらず、国家としての体を成していません」
フランスのエマニュエル首相官房長が肩を竦めて報告する。
「大英帝国連邦各国からも、同様の報告が寄せられております」
英国のソールズベリー首相補佐官も認めた。
「アフリカ大陸はどうされるおつもりですか?」
米国のパーシング大頭領補佐官が質問する。
「アフリカで国家として機能しているのは、我が連邦の南アフリカと、フランスが支援されているチュニジア、ギニア周辺にとどまります。
それ以外の地域は内戦が多発して無政府状態です。どれだけの人口が難民と化して支援を求めているか、想像もつきません。
アフリカ大陸の状況は我々には荷が重すぎて、我が国がコミット出来る状況ではありません」
ソールズベリーが諦念の面持ちで答えた。
「中東は我が国の友好国が壊滅したので情報が限られています」
ロシアのマカロフ大頭領補佐官が憮然として話す。
「我々も多くのチャンネルを失いました。知りうる限りですと、イスラエル、カタール、UAE(アラブ首長国連邦)のみが国家機能を維持しています。
サウジアラビアでは王位継承争いに加え、王政打倒を叫ぶ民衆が蜂起して内戦が勃発した模様です」
米国のパーシング補佐官がマカロフに説明した。
「アジアの状況は?」
ソールズベリーが尋ねる。
「中国では大規模な内戦が勃発しました」
須賀が説明した。
「華南、華北、チベット・ウィグル自治区、旧満州が一斉に北京の中央政府から独立を宣言して、各地で鎮圧にあたる人民解放軍と交戦中です。
いずれの勢力も優位を獲得出来ずに膠着状態に陥ろうとしています」
須賀の報告が続く。
「朝鮮半島と西アジアでは全面戦争で数億規模の国民が死亡し、周辺国家が消滅しました。
無事なのは台湾、シンガポール、マレーシア、ブルネイ位で、後は首都近郊しか掌握出来ていない国々が殆どです。
域内では民族大移動並に大量の難民がさ迷っているようですが?」
須賀がオーストラリア代表に話を振る。
「我々は''全て''国境水際で阻止しています。本土に到達した難民は存在しません」
冷たい声音でオーストラリアのジャスティン首相補佐官が応じた。
「我が国は異常事態発生よりも以前から既に移民問題で治安が大幅悪化しています。
多様性が共存する社会などまやかしです」
ジャスティンは苦々しく言った。
「ですから我が国の難民政策にはどうかご理解をして頂きたい」
モニターの全員が頷いて了承した。
「我々はこれから審判の日を生き延びた人々を守るために、前に進んで世界の安全を確保しなければなりません」
米国のパーシング補佐官がG8による事実上の''世界分割統治''を宣言した。
この宣言は暗にアフリカ大陸とペルシャ湾岸を除く中東・アジア・朝鮮半島を放置する意味を持つ。
「合衆国はもはや世界の警察たる能力を喪失しています。したがって、ペルシャ湾国際航路の安全を確立する為に、日本海上自衛隊の出動を要請します。
また、イスラエルの同胞を保護するための安全圏を確保します。そして、南米の穀倉・牧畜地帯の生産力を確保します」
「また、ロシアへの制裁は現状では政治的に無意味と判断し、解除させて頂きたい」
パーシングは同意を求め、須賀や他の国々の代表達は無言で頷いて了承した。
「貴国と皆さんに感謝を。
我がロシアはドイツとフランスへのパイプライン復旧を優先させましょう。そして、ウクライナの同志を守護する安全圏を確立し、中国東北部の難民を保護するために瀋陽政府を支援します。
もちろん、クリミア半島や極東の北方領土は古来より我がロシアの領土です」
マカロフが米国に続く。
須賀は渋い顔をしたが抗議しなかった。日本国は他にやるべきことが山積しているのだ。
「私達フランス共和国はEU憲章の一時停止とイベリア半島から南欧にかけての地中海沿岸沿いに居る市民を保護いたします」
エマニュエル官房長が発言する。
「ドイツ連邦はEU憲章の一時停止を支持します。そしてポーランドとバルト3国の市民を保護し、自由貿易を信じる上海政府を支援します」
ドイツのネルトリンガー首相補佐官が発言する。
「大英帝国は連邦の一員である南アフリカの維持、旧ポルトガル地域、スエズ運河の国際航路を確保し、香港の民主主義政府を支援します」
ソールズベリー首相補佐官が続く。
「ペルシャ湾への海上自衛隊派遣は可能です。しかし、我が国の遠征能力は脆弱で中国・朝鮮半島へのコミットは歴史的な問題もあり不可能です。
我が国はアジア地域で活動する同盟軍やNATO諸国にインフラ復旧・行政機構構築の専門家を可能な限り派遣し、現地で技術支援を行いましょう」
須賀が最後に発言した。
当面の世界情勢を分析し多くの命を救う為の会議が、死体を漁るハイエナのような状況へと変貌したことに、須賀はうんざりとした気分で衛星回線のモニターを切ろうとするのだった。
須賀は更なる''うんざり''がこの後起こることを知らなかった。
難しい話にお付き合い頂きありがとうございましたm(__)m




