樹木
202X年7月22日 【神奈川県横浜市神奈川区 某所】
坂道の麓に建つマンションの入口に、市営バスが横倒しになった形で突き刺さり、正面から車体の半分をめり込ませていた。
幸いバスの燃料から火災は発生していない。
だがそのバスは、奇妙な様相を呈していた。
"運転席"から"樹木"がフロントガラスを突き破って生えており、横転した屋根からも数本の樹木が絡み合いながら空へ向かって枝を伸ばしている。
バスから赤や黄色のガソリンではない液体が、チョロチョロと滲み出すように流れ出ていた。
通常であれば、日常の大惨事としてその日のトップニュースになりそうな状況にもかかわらず、乗客を救助すべく警察や消防に助けを求める声や、負傷した乗客が痛みに耐えかねて上げる呻き声は、バスの中から聴こえない。
そのバスはひっそりと小さな"林"と化していた。
バスに衝突されたマンションの住人は疎らで、途方に暮れつつも発狂寸前の形相であり、バスが追突する前から#マンションでも__・__#異変が起こっていた事を伺わせた。
マンションの居室ベランダや非常階段からは、不釣り合いに大きな樹木が至る所で無造作に根を拡げ枝を伸ばして生い茂り、廊下やエレベーターホールの床上は赤や黄色の水溜りが広がっていた。
「・・・身体が濡れている」
光太郎は横倒しになったバスの中でボンヤリと意識を取り戻した。
頭が水浴びをした様にびっしょりと濡れた感覚がする。
そして乗車した時よりも座席が窮屈に感じる。
漸く光太郎は、バスの中を見回すと絶句した。
前の座席からも、運転席からも、すぐ横の通路からも、窓や屋根を突き破って生い茂る「密林」が車内に出現していた。
密林が突然車内に出現した為、バスがコントロールを失って横転したと光太郎は判断した。
「・・・まずはここから脱出しないと」
先程から光太郎は頭で考えてばかりだったので、身体にみっちりと喰いこむ座席から逃れようと身体を捻る。だが、身体はびくともしない。
「!?」
流石におかしいと気付いて自分の身体に目を向けると、胴体が逞しい幹になっており、幹から左右へ広がるように太めの枝が腕の様に伸びていた。
「なっ・・・!?」
声を上げたくても頭の中でしか響かない。
光太郎は自分が他の乗客と同様「密林」の一部となっていた事をやっと理解した。
この日、世界各地で赤や黄色の液体からスライムのような生物が光を放った瞬間、その場所から生い茂る樹木が誕生していた。
その樹木の正体が「人間」だと理解され、また、樹木に生まれ変わった者は溶解した者の中でもごく僅かだと判明するまで数日を要するのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m