願い叶う
7月27日午後5時頃【東京都 千代田区 永田町 首相官邸】
首相官邸に着いた山岸 夏乃は同乗していた女性SPにより、2階にある小さな応接室へ案内された。
しばらくするとノックの後にテレビの記者会見でよく見る60代半ばの苦労人のような風格を漂わす男性が手に白いハンカチに包まれた''何か''を大切そうに両手で持ちながら応接室に入ってきた。
「山岸 夏乃さんですね?初めまして、内閣官房長官の須賀と申します」
須賀は丁寧に挨拶すると、夏乃の前にあるテーブルにハンカチに包まれた1つの小さなドングリをそっと置いた。
「そして、”彼”が石野光太郎さんです」
「……え?」
夏乃は目を疑った。須賀は真剣な顔をしており、沈痛そうな感じもする。
「石野さんに一体何が!?」
須賀は夏乃に光太郎が念話で懸命に語った内容をそのまま話した。
光太郎の''冒険談''に夏乃は思わず引いてしまい、そんな彼女の反応を見た須賀が、
「審判の日、彼のような姿になった国民が1200万人は居るものと推測しています。大半は今もその場所で放置されています」
「彼はあなたに会いたいと強く願う事で、溶解して命を散らす事なく姿を変えて生き残ったのです。どうか手に乗せて、声をかけてあげてください。私はしばらく席を外します」
そう言うと須賀はSPとともに応接室から出ていき、夏乃一人だけが残された。
「石野さん……」
夏乃は小さなドングリを掌にそっと乗せると語りかけた。
すると、
「お久しぶりです、山岸さん」
頭の中に響くどこかおっかなびっくりした綺麗な声は、確かにいつもの石野君だった。
「こんな格好になってしまってすいません。でも、山岸さんにこうして会えて本当に良かったです」
光太郎ドングリは夏乃の掌の上で喜びを表すようにふるふると揺れていた。
夏乃は先日28歳になったばかりだが、実は大人の男性との交際経験は皆無に等しい。
自分のややぽっちゃりした容姿にコンプレックスを抱いていたのと、仕事が多忙で余裕がなく、恋愛に臆病で慎重にだらだらと過ごすうちに気付くとこの歳になってしまったのだ。
そのため、いざ二人?きりになると何を話せば良いのか分からなくなってしまう夏乃だった。
そんな夏乃の躊躇いを察した光太郎は、
「こうしてゆっくりお話し出来るなんて初めてで、なんか、嬉しいです」
夏乃に語りかけた。
「……私も。でも、こういうことはあまり経験ないからどうしていいかわからないの」
「それが普通ですよ。お仕事は相変わらず忙しいのですか?」
光太郎は彼女を思いやりながら話しかけ、たわいもない雑談をしていく中で少しずつ彼女の心を解していった。
須賀が応接室を出て一時間後、久島兄弟を伴って戻ってみると山岸 夏乃が両手の掌で光太郎ドングリを転がしながら笑顔で座っていた。
「再会出来て良かったですね」
穏やかな顔で須賀が夏乃に声をかける。
「はい、本当に良かったです」
満面の笑みで答える夏乃。
幸せそうな光太郎ドングリと夏乃を久島三兄弟は目を細め、微笑んで見つめるのだった。
光太郎の願いは叶うのだった。
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