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さよならの続編  作者: 軌跡
第八章 “思”
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第五話 「未練の還る場所」

 キィィ、と錆びれた音を立てるブランコ。

 錆びれているし―寂れている。

 こじんまりとした公園の、こじんまりとしたブランコには、少女―の体を拝借した幽霊―赤崎静が座っていた。


「体…勝手に借りてごめん、遥」


 全員が寝静まったのを確認して、申し訳ないと思いつつ、彼女に断わりも入れずに体を借りた赤崎は今、幼い頃によく三人で遊んでいた公園へと足を運んでいた。

 滑り台とブランコと、古ぼけた木のベンチが一つだけの、とてもこじんまりとした公園。

 ここ最近は三人で来る機会はなかったけれど、遥という妹がいると知ってからは、よく彼女を連れてこの公園へと来たりしていた。時折一人でも、足を運ぶこともあった。


「…ああ、いや。そういえば、つい最近来たんだっけ」


 夏休み前日の、終業式の日。

 まあもちろん、当然のように当たり前のように、赤崎はもう死んでいたわけだけれど。


「…祭、怒っているかな。黙って出てきたこと」


 そう呟いて、あの幼なじみのことを“祭”と名前で呼ぶのは随分久しぶりだと、赤崎は苦笑いを浮かべる。

 自分の生い立ちと、そして母親のことについて聞いた八月三日、あの日から赤崎は、緑間祭のことを名前で呼ぶことはしなくなった―というか、名前で呼ぶことを、極端に避けていた。

 理由は、ふわふわしていてとても曖昧だけれど、それはおそらく、彼にとって一種の戒めのようなものだったのだろう。おそらく緑間の方は、それに気づいてはいないだろうが。

 赤崎は、大きく息を吐いて、ゆっくりと空を仰ぐ。

 真夜中であるというのに、空から覗く月のおかげでやけに明るく感じた。

 このまま自分は、夜の闇に溶けて消えてしまうのではないかと―消えてしまえたらいいのに、と赤崎は思った。

 もう消えた存在であることに、変わりはないけれど。

 それに、いずれにせよ、自分はもうすぐ消えるのだ―平たく言えば、「成仏する」ということである。


(残り時間が少ないことは、多分、ずっと前から気づいていた。それこそ、祭と再会したあの日から)


 僕はきっと、もう直消える。わかっていたことだった。


 僕は生きている側の人達の強い想いによって、この世に留まることを余儀なくされた存在だ。

 そしてその強い想いこそが、生きている側の人達の、僕に対する「未練」とか、そういうもの。

 不思議なことに、それらは僕の体に深く絡みつき、鎖となった。重く重たい鎖に。それが僕が成仏出来ずにいる理由―なんだろう。と思う。

 勿論その鎖には、僕自身の未練も含まれているのだろうけれど。

 でもこの一ヶ月間で、その重たい鎖は少しずつ僕の体から消え去っていった。残るは祭と遥と、そして僕自身の未練だけだ。

 祭と再会した時は未練なんてないと言ったけれど―どうやらそんなことはなかったらしい。

 見つけるのに大分時間がかかったけれど、僕はようやく≪やり忘れた夏休みの宿題≫を鞄の中から見つけ出すことが出来た。

 僕の未練は、とっくのとうに終わっている。だから後は、この体がこの世から消えるのを待つだけだ。

 祭と遥の未練がまだ残っているけれど、一番深く根付いていた(と思われる)自分自身の未練がなくなったのだから―。


「…なくなったんだよね、一応」


 伝えるべきことは、伝えたんだし。

 赤崎は、地面を軽く蹴ってブランコをこぎ始めた。


『ん?なんだよおまえ。どっからきたんだ?つーか、かってにはいってくんなよ、おれたちのエリアだぞ!』

『もーやめなよまつり!みんなのこうえんなんだから!』


「……」

 錆びれた音を立てて揺れ動くブランコ。

 それに乗る僕。


『おまえ、しずかっていうのか?おとこらしくねーなまえだなあ。おれはまつりっつーんだ、かっこいいだろ』

『まつりってなまえもじゅうぶんおとこらしくないし、かっこよくないよ。あ、わたしはあおこっていうの、よろしくね』


『なんで、このこうえんには…ブランコが、ひっぐ、ふたつしか…ない、んだよ…っ』

『もー!じゃんけんでまけるたび、そうやってなくのやめてよ!』


『約束する、俺達は絶対にお前を裏切らない。ずっと一緒だ』

『私と、静と、祭、三人の一生の約束ね』


 ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます。


「…指、切った」

 僕はただ、ブランコをこぐ。


『なんっつうか、制服って落ち着かなくね?』

『そう?中学生になったって感じで、私は割と好きだけど。静はどう思う?』


『ちょっと祭!ブランコの二人乗りは危ないからやめなさいって、いつも言ってるでしょー!』

『仕方ねえだろうが。ブランコが二つしかないこの公園が悪い。な、静』


 ひどい言いがかりだなあといつも思っていた。

 あの頃の僕は、なんと返していたんだろう。

 そういえば、ブランコの二人乗りで立ちこぎをするのは、いつも僕じゃなくて祭の方だった。


『辛い時は、ちゃんと泣け。俺と静で、ちゃんと受け止めてやるから』

『う…っひっく、あ、うわああああああん』


 青子はひとしきり泣いた。彼女の両親が亡くなったのは、確か僕達が中学三年生の頃だ。

 あの日から青子は、滅多なことでは泣かなくなった。


『静も祭も、進路どうするか決めた?』

『え、何、逆に聞くけどお前決まってねえの?もう中三の秋だぜ?わかってんのか?』

『…アンタのその顔、ほんっとムカつく』


『しばらくお別れね、この公園とも』

『おいコラ、お別れとか言うな。受験終わったら、また来りゃあいいだろ。』


 目頭が熱くなる。

「祭…青子…」

 ここは、あまりに思い出が多すぎる。

 なんで僕は、最後の最後でここに来てしまったんだろうか。


『ったく、相変わらずお前ってノロマだよな。その上どんくせーし…ほら、手。貸してやる』

『掴まって、静』


 ―幼い頃の自分は、どれだけ彼らに助けられていただろう。

 差し伸べられた二つの手に、自分は今まで幾度となく救われ、掬われてきた。

 ありがとう、と小さく呟く。


『バーカ、礼なんていらねえっつうの』

『だって私達、静のことが大好なんだから』


 赤崎はズザザザ、と地面に足を引っかけてブレーキをかける。ブランコをこぐのをやめた。

 涙で視界が滲む。


『本当に、好きだった』


 ぽたり、と頬を伝った涙が地面にしみを作った。

(…やっぱり)



『お前が生まれてきた理由なんて、初めから決まってんだよ』



 ―“俺達に会う為だよ。そんなこともわかんねえのか、赤崎静は”



「…成仏なんて、したくないなあ」



 離れたくない。別れる日なんて来なくていい。幽霊のままでいいから、二人とずっと一緒にいたい。

 初めて会ったあの日から、それだけは変わらない。紛れもない僕の意思だ。

 離れた方が二人の為になるとわかっていた。それでも、結局最後まで諦められなかった、僕の我儘。

「…はは、これじゃあ、全然だめだ」

 成仏なんて、出来っこない。


 消えたくないと、誰より自分自身が叫んでる。


 それに気づいていたから、僕はこの公園にやってきたんだろう。

「…馬鹿だな、本当に」

 一体僕は、どれだけのものを望めば気が済むのだろう。

 思い出を拾いに来たはずなのに、僕はまだ、心のどこかで見つけてくれることを期待している。

 本当に、馬鹿みたいに。



「―静!」



 と、その時。前方から自分を呼ぶ声が聞こえ、赤崎の体が固まった。ブランコを支える鉄製の鎖を握る手に、微かに力がこもる。

 声の主は息を荒げながら地面を蹴り、この公園の中へと入ってくる。

 勿論、姿を確認するまでもなく赤崎にはそれが誰かわかった―赤崎を見つけるのは、いつだって彼だったから。


(ここにいれば、いずれ君が僕を見つけるだろうって、わかっていた)


 それでもこの場所に留まったのは、彼がここに来てくれることを期待したから。

 自分から“さよなら”と告げたくせに、随分と都合の良いことを言っていると赤崎は思う。軽く、自己嫌悪に陥ってしまいそうになるくらいには。


(それでも、)


 いつかのように。

 君なら僕を、見つけてくれると思っていた。

 君はつくづく、僕の期待を裏切らない。本当に―よく出来た幼なじみだよ。


「…やあ」


 ぎこちない笑顔になったという自信はあったものの、構わず赤崎は軽く右手を挙げて、彼へ再会の挨拶を口にした。

 そんな赤崎の様子が気に入らなかったのか、「やあ、じゃねえだろ」と彼がギロリと睨みつけてくる。ああ、怒ってるなーと赤崎は苦笑い。



「さよならって、言ったじゃないか。祭」


「知るかそんなもん。自分勝手に終わらせてんな、バカ静」



(…うん。ごめん。本当に、ごめん)


 僕一人だけじゃ、どうやらこの物語の幕は引けないみたいだ。

 だって僕は、思い出を拾うことはできたけれど、思い出を置いていくことは出来なかったんだから。

 だから、最後にほんのちょっとだけ付き合ってほしい。

 そして、きちんと終止符を打って終わりにしよう。

 僕と君の物語を。

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