表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよならの続編  作者: 軌跡
第八章 “思”
PR
48/55

第二話 「好きだった」

「不思議ね…遥ちゃん、今は静にしか見えないの」


 ろうそくの火を消した後、すぐに体を返そうと思っていた赤崎は、遥に申し訳ないと思いつつ、自分の部屋のベッドに腰を降ろしていた。どうやら、もうしばらくは彼女に体を返却出来そうにない。

 そんな赤崎の心情などいざ知らず、青子の方は窓から差し込む月明かりを一身に浴び、そう言って苦笑いを浮かべている。

 純粋に、彼女のことを綺麗だと赤崎は思った。


「…話っていうのは?」

「その、結論を急ぐ感じの喋り方…本当に、静みたい」


 みたいじゃなくて、中身は今のところ、一応本人なんだけどなあと赤崎が言うと、そんなことわかってるわよ、と悪戯っぽい笑みで返された。


「あの時も確か…こんな風に、月が綺麗な夜だったっけ」

「あの時…?」


 あの時、とそんな抽象的に言われても、赤崎にはあまりピンとこなかった。長い間、同じ時間を共有してきたのだから、当たり前である。

 あの日、や、あの時、が該当する記憶が、彼らの間には多すぎる。

 そんな赤崎の気持ちを読み取ったのか、青子が若干目を伏せがちに“あの時”のことを話した。


「四年前くらいになるね…私が静に告白したの。覚えてる?」

「―――、」


(ああ、そうだ)


 あれは確か、中学三年生の冬の頃だった。


 青子の両親が亡くなって、それと同時に彼女が一人暮らしを始めて、赤崎もそれにつられるように緑間の家を出て、自分の家へと戻って。

 一人暮らしは、暗くて寂しくて悲しくて。

 しばらく経って、それに耐えられなくなった青子が、やや強引に押し切った形で、赤崎の家へと転がり込んできた。赤崎はそれを、どうしても拒めなかった。

 けれど、さすがに高校生になったら今みたいな同居生活は出来ないから。だから言ったのだ。青子に、赤崎はそう切り出した。


(そうしたら、君が、「嫌だ」なんて言うものだから)


 好きでもない人とこういうことをするのはよくない、と僕は今更言ったんだ。

 そうしたらベッドに押し倒されて、どうしても押し返せなくて、されるがままにキスをされて。

 好きだと言われた。

 今でも、その時のことを時々思い出しては、胸が焼けるように熱くなる。

 青子が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。そして―あの日と同じように、赤崎をベッドへと押し倒した。


「ちょ…青子?」

「四年前より押し倒すの、簡単だったよ?やっぱり女の子の体だからかな」


 青子の手が、赤崎の両肩をベッドへと深く押し付ける。

 押し退けようにも、今しがた青子が言ったように、今の赤崎には中学三年生女子の平均的な筋力しかない為、抵抗は出来ても突き飛ばすことはできなかった。

 四年前は。

 あの時は、こういう時にどうすればいいかわからなかったから、結局赤崎はされるがままだった。

 でも、今はもう―何も知らなかった、あの頃とは違うのだ。


(…いや、違うか)


 あの頃も、何も知らなかったわけじゃない。

 青子が誰を好きなのか、僕はちゃんと知っていたんだから。


「…ダメだよ青子。手、離して」


 青子の表情は変わらない。肩にかかる圧力が徐々に増して、青子の顔がゆっくりと近づいてくる。

 このままじゃマズイ。それは、嫌というほど―痛いほどに赤崎はわかっている。

 これじゃあ、四年前となんら変わらない。同じどころか、更に最低だ。こんなのは、青子の為にならない。


(だって青子は、祭のことが)


 祭は、青子のことを。


(僕は、)


 柔らかい感触が触れた。赤崎は、状況をうまく飲み込めず、えっと上ずった声を漏らす。

 青子の唇が触れたのは、唇ではなくて額だった。ちゅっというリップ音と共に、彼女の顔が離れていく。

 彼女には初めから、赤崎とキスをするつもりなんてなかったのだ。


「おまじない。ちゃんと、静が成仏出来ますようにって」


 おまじないって。


「…昔は、こんなんじゃなかったはずだけれど」


 今でもはっきりと覚えている。子供っぽい発想ではあったけれど、三人の中で“おまじない”は、ある意味特別な行為だった。それに救われていた頃が、確かに赤崎にはあった。

 もっとも、昔は額と額をくっつけるだけだったのだけれど―そういえば、特に祭が泣き虫だったから、よく僕と青子でおまじないをしてあげてたっけ、と赤崎はそんなことをぼんやり思い出した。


(…ああ、そういえば)


『だから、おまじないっつっただろ』


 僕が死んで、青子が家に引きこもって、それを祭が迎えにいって―その時、祭も、おまじないだと言って、青子の額にキスをしていた。ひどいデジャヴだ。

 それを今度は、青子が僕に仕掛けてくるだなんて、思いもしていなかった。しかも、仕掛けられた側の僕の反応が、あの日の青子と丸かぶりだというのだから、笑ってしまう。


(…変わったんだね、君も)


 ―そして、僕自身も。


「いつの間にか、こんなことが出来ちゃうくらい―私達、大人になってたんだって、思った」

「…うん。時間は、流れていくものだから」


 だからもう、青子が何を言いたいのか、僕にははっきりとわかったんだ。

 時間の流れが変えていってしまったそれ(・・)を、青子が僕にキスしなかったことで、確信できた。


 “違うよ。青子が好きなのは、僕じゃない”


 ―あの日の選択は、やっぱり間違ってなんていなかったんだ。



「静のこと、好きだった」



 二度目の告白は、四年前と違ってとても静かだった。

『私は静が好き…!私が好きなのは、静なんだよ…っ』

 あの日のような、熱く激しい、思いの丈をぶつけるような告白ではなくて。

 心にしみ渡る、水のような静けさが、そこにはあった。

 ぽたりと僕の頬に透明な雫が落ちてくる。青子の涙は、とても綺麗だ。



「本当に、好きだったの。誰よりも…祭よりも、あなたのことが、好きだった」



 赤崎はそっと手を伸ばす。右手で、彼女の涙を拭ってやった。

 それでもまだ、彼女の涙が止め処なく溢れてくるものだから、赤崎は体を起こし、今しがた青子がしてきたのと同じように、彼女の前髪をかき分けてキスを落とす。


(本当は、)


 ずっと、言わないでおこうと思っていた。言わないで逝こうと、そう、思っていたんだ。

 胸の奥に、綺麗な思い出としてしまい込んで、そのまま時の流れと共に風化してくれることを願っていた。なかったことにさえ、したかった。忘れることが出来たなら、どれだけよかっただろう。

 青子と話す度、そして青子と祭が話しているのを見る度に、何度も何度もそう思った。


(…でも、)


 自分の気持ちは、偽ることは出来たとしても、なかったことにして忘れることなんて出来ないんだと―気づいたから。

 だからこれは、僕なりのけじめだ。これが―。


(あの日君に伝えられなかった、僕の、本当の気持ちだよ)



「好きだよ、青子」



 彼女の髪を優しく撫で、するりと柔らかな頬に指を滑らせる。

 大丈夫、涙は出ない。

 僕はもう―笑って言える。



「僕も青子のこと、本当に大好きだった」



 ほのかな暗闇の中で、はっきりと彼女の涙が見えた。目尻いっぱいに涙を溜めて、今にも溢れてきそうなのに、それでもその涙は、決して零れてはこなかった。

 青子が優しく微笑む。


「…おんなじだね」

「うん。おんなじだ」


 青子がようやく体を退き、僕から離れていく。

 不覚にもそれを名残惜しいと思ってしまって、僕は体を起こすのと同時に青子の手を掴んで、華奢な線の細い体を抱きしめた。とは言っても、現時点において僕は、青子よりも更に華奢な遥の体を借りているわけだから、さすがに腕の中にすっぽりとはいかなかったけれど…それでも構わなかった。


「…静、」

「あと少しだけ…お願いだ、青子」


 そう言うと、彼女は体の力を抜いて、そっと僕の背に腕を回した。

 そうしてしばらくの間、月明かりに照らされて、僕らは静寂の中抱き合っていた。


 ―祭のこと、よろしくね。青子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ