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さよならの続編  作者: 軌跡
第八章 “思”
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第一話 「終わりが、始まる」

 豪勢な料理が並ぶテーブルの、更に手前のテーブルに、ケーキが二台並んでいた。

 大きさでいうと、大体十一号くらい。それが二台あるのだから、相当な量だろう。どうやらこのケーキに関しては、手作りではなく買ってきたものらしい。

 イチゴがふんだんに使われているベーシックなタイプのショートケーキと、生チョコ風のガトーショコラ。前者は赤崎が、そして後者は緑間が好きな種類のケーキだった。

 これだけ用意するのに、一体どれだけの時間とお金がかかったのか―苦い思いが緑間の胸の中に広がる。


「そんな顔しないで下さいよ。これは、僕らがやりたくてやったことなんですから」


 響が、そんな緑間を見兼ねて苦笑いを浮かべる。優と琴乃も、うんうんと頷いた。


「それに―あんただってずっと、自分の誕生日をしまい込んでいたでしょう」


 青子の言葉に、緑間は微かに首を横に振る。それこそ俺が、やりたくて勝手にやってたことだから、と。

 緑間は、赤崎の件があったその年から、自分の誕生日を祝うようなことを拒んできた。理由は、自分だけがそんな風に祝福されたくなかったからだ。

 赤崎とは、胸を張って隣りに立てる自分でありたかった。それが独りよがりな自己満足だとわかっていたけれど。

 だから緑間は、自分の誕生日を忘れるようにしたのだ。赤崎に言われるまで、八月七日が自分の誕生日であることを忘れていたのは、そのせいでもある。


「でもそれは…俺だけじゃねえだろ。お前だって、」

「私はいいのよ。もうとっくに、誕生日なんて過ぎちゃってるし」


 わかっている。

 青子の誕生日は―四月、二十日。


(私はいいのよ、なんて、言うなよ、バカ)


 お前、自分が今どんな顔してるか、ちゃんとわかってんのか。

 この俺に、無理して笑うなって言ったのは、どこのどいつだ。

 なんでお前が、そんな苦しそうな顔で笑ってやがる。


「さ、それじゃあ始めちゃいましょう」

「あ、ちょっと待って青ちゃん。とっておきのサプライズ、今から用意するから」


 何かを企んでいることが顕著に現れている表情で、緑間の姉―美咲が青子を制し、ぱたぱたと台所へと向かった。

 青子はきょとんと首を傾げている。どうやら彼女の方には心当たりがないようだった。

 冷蔵庫から何かを取り出し、美咲がこちらへと戻ってくる。


「え…」


 彼女が持っているそれを見て、青子が目をまん丸に見開いた。すさまじい目の大きさだった。

 美咲が持ってきたのは、テーブルに二台鎮座しているケーキと同じサイズの、チーズケーキだったのだ。それは、青子が一番、好きなケーキだった。


「青ちゃんが祭の家に行っている間にね、優くんと内緒で作っていたの。びっくりさせようと思って」


 青ちゃんのだけ手作りで申し訳ないんだけれど、と眉を八の字に下げて美咲が笑った。


「美咲さん…優…」

「やっぱり、三人はいつも一緒じゃないとね」


 チーズケーキが、赤崎のケーキの左隣に置かれた。並び順としては、青子、赤崎、緑間である。

 そのケーキに、響と琴乃と優が、十八本のろうそくを立てていく。

 それはとても見慣れない景色で、同時に随分と長い間忘れていた感覚で。

 青子は今にも泣き出しそうな顔をしていたが、それでも決して、その双眼から涙がこぼれることはなかった。

 ろうそくを立て終わり、今度は琴乃が、「それじゃ、始めますよー!」と合図を送る。ろうそくに明かりが灯り、リビングの電気が消えた。

 白金ツインズと優、そして美咲が歌を歌い始める。


「あ、わ、私も」


 遠慮がちに遥も加わって、五人がハッピーバースデーと歌う。先ほど引っ込んでいった涙が、再び滲んでくるのを緑間は感じた。

 長い間、彼らはずっと忘れていたのだろう。

 誰かに誕生日を祝ってもらうことが、こんなにも嬉しいことだということを。



「「ハッピーバースデートゥーユー」」



 歌が終わり、ろうそくを―消さなくてはならなくなる。

 だが、緑間と青子はともかく、赤崎にはろうそくを消す為の肉体が存在していない。

 遥が言った。


「今日、私、ここに来て良かった…私の体を使って、お兄ちゃん」


 ろうそくの火、そのままじゃ消せないもんね、と困ったような顔で笑顔を浮かべる。

 既にその言葉の意味を十分に理解している緑間や、実際にそれを目の当たりにしている響と優は別として、青子と琴乃と美咲は、意味がわからなさそうな顔をしていた。

 そもそも遥が赤崎の妹であることを知らない琴乃と美咲は、遥の“お兄ちゃん”発言に対しても、若干戸惑っているようだった。

 それでも赤崎に―外野の声は届いていないようである。


「でも…そうしたら、もしかしたらまた、遥が」

「私は大丈夫だよ。だから、ね?」


 赤崎が渋る理由も、緑間には痛いほどわかった。遥の体を借りる―つまり乗り移るというのは、その体の持ち主である遥に、想像以上の負担をかけるからだ。

 隣りにいる幼なじみは、それをわかっているからこそ動けない。どうしても、遥の言葉を甘受しきれないようだった。

 そんな赤崎に、おい、と緑間が声をかけようとした―その時。


「消さないと、終われないよ」


 短いけれど、とても重みのある言葉だったように思う。

 その静かな声はおそらく、その場にいた全員の心に、何らかの影響を与えただろう。そしてそれは、緑間自身も例外ではない。

 妹のその言葉に、赤崎がふわりと宙へ浮いた。その一言で、赤崎の心の揺れも治まったのだろう。そのまま遥の元へと飛び、幽体の赤崎が、溶けるように遥の中へと入っていく。

 その瞬間、先ほどまでと一転し、遥の雰囲気が変わった。

 おそらく全員がそれに気がついて、気がついたからこそ、ある種の期待を込めた目で遥の方を見た。


「…そうだね。終わらせなくちゃ、いけないんだよね」


 遥―否、赤崎が、そんな風に、独白のように呟いた。

「本当に…静、なの?」

 小刻みに肩を震わせ、青子が遥の体に向かって確かめるようにそう訊ねる。困ったような顔で赤崎が笑った。

 確かに体は遥のものだったけれど、その笑い方は、誰がどう見ても赤崎のそれだった。


「うん…久しぶり、青子」

「それじゃあまあ、積もる話もあるでしょうが、とりあえずは横に置いていただいて」


 ろうそくの火を、消してもらってもいいですか、と響が割って入る。おそらく、この流れだとろうそくの火を消すまでに大分時間がかかるとわかったのだろう。

 響の言葉に、青子は一旦身を引いた。

 そして三人は、「一斉ので!」という掛け声と同時に、それぞれ十八本のろうそくの火を吹き消した。

 さすがに一度で全ての火は消えなかったけれど、最後に残った三本のろうそくを吹き消すと、おめでとうと口々に言われ、拍手をもらった。

 それから、「誕生日パーティの成功を祝して乾杯!」とジュースで乾杯をして、響達(正確には優と美咲)が用意してくれた料理と、全て食べきることが出来るのか激しく不安を覚える三台のホールケーキを食べ始めた。

 それぞれが談笑を始める中、響がコップにオレンジジュースを注ぎながら緑間に言った。


「それにしても美咲さん、すごいですね。手当ての仕方がプロってましたよ」


 背中の怪我はまだ痛いけれど、それでも最低限まで抑えられていますし、と継ぎ足しが終わったオレンジジュースのキャップを閉め、響が感心したようにうんうんと頷いた。

 そういえば、響と優の怪我を手当てしたのは姉ちゃんだっけか、と緑間はぼんやり思い出す。


「まあな。あれで、将来は看護士になりたいって言ってるし」

「そうなんですか?へえ…料理も出来るし、面倒見もいいし…いいですね、なんか」

「いいって何がだよ…って、まさかお前、姉ちゃんのこと…!」


 途端に臨戦態勢を取る緑間に、「心配しなくても大丈夫ですよ」と響が苦笑いをこぼす。


「今はまだ、誰かを好きになる余裕なんて、ないですから」


 きゃっきゃとリビングを走り回る琴乃と美咲、そしてそれを追いかけるように「食べている最中に席を立つんじゃない!」と怒鳴る優をぼんやりと眺めながら、響が言う。

 今はまだ、ということはいつかはきっと、響が誰かを好きになる日が来る―ということなのだろう。

 姉ちゃん大分酔いが回ってるな、と頭の片隅で呆れつつ、響と同じようにそんな三人に目を向け、緑間はどこか安心したように「そっか」と短く返した。


「まあ、それは置いておいて。本当に、祭先輩のお姉さんが来てくれて助かりましたよ。装飾はともかく、料理は多分、優だけじゃ間に合わなかったと思いますから」


 料理は作り置き出来ないですし、と心底ほっとした風に響が息を吐く。それを見てようやく、緑間は響に対して謝ろうと思っていたことについて思い出した。


「あー…その、悪かったな。響」

「え?何がですか?ていうか、祭先輩に謝られると鳥肌が立つんですけど」

「お前な…人が素直に謝ったらそれかよ…」


 ほら、お前に静の家の鍵を渡した時…と言葉尻を濁しつつ、緑間は響の反応を見るのが怖くて、若干俯いた。

 知らなかったこととはいえ、あそこまで突き放すような言い方をしなくてもよかったのではないかと、ずっと緑間はそのことを悔やんでいたのである。

 ずっと謝ろうと思っていたのに、色々あって結局こんなところまで先延ばしにしてしまった。

 初めからこの誕生日パーティを開くつもりだった響達からしてみれば、緑間のあんな理不尽な切れ方は相当堪えただろう。

 全て自分達の為であったということを知ってしまった今、罪悪感は止まることを知らず、本当に、響達には悪いことをしたと緑間は思っている。


「いいんですよ、別に。祭先輩がキレることくらい、十分想定内でしたから」

「…なんか、その言い方、すっげえ釈然としねえんだけど」


 ま、その話も置いておいて、と響がオレンジジュースを一口飲む。

 お前はどんだけ話を横に置いておくつもりなんだよ、と緑間は内心で後輩を毒づいた。が、勿論響にそれが伝わるはずもなく、そんな緑間の心情を他所に、後輩はちらりとドアの方に目をやった。


「いいんですか?静先輩と青子先輩、二人きりにして」


 まあ、正確に言うと赤崎は遥の体に乗り移っているわけなので、細かいことを言うと二人きりというわけではないのだけれど―ああ、いや、遥の意識は眠っているわけだから、それはあんまり関係ないのか。と、緑間はぼんやり思う。

 いいんですか、と言われても。


「別にいいだろ。青子は、あの日以来初めて静と会ったんだ。お前も言ってただろ、お互い積もる話もあるだろうって」

「そりゃ、そうですけど…でも、それにしたって、危機感なさすぎじゃないですか?二人きりで、しかも静先輩の部屋ですよ?わかってます、そこんとこ」


 お前こそ、今静が幽霊だって設定を忘れてんじゃねえだろうな、と緑間は若干呆れた様子で溜息をつく。


 そう、響が先ほど言ったように、乾杯をした後、予想通りというか案の定というか、青子は遥の体に乗り移ったままの赤崎を、「話がある」と連れ出している。もうかれこれ、十分は経っているだろう。


「だから、わかってるっつうの。つうか、それがなんだっていうんだよ」


 ぽかんと口を開く響。

「それがなんだって…あんたねえ」

 先ほどの青子や赤崎とは違った意味で肩を震わせる響に、どうやら自分が響の中の何かしらの引き金を引いてしまったらしいことを緑間は悟る。

(なんかこれは…やばい感じか?)

 バンっと、響がテーブルを殴る。振動でコップが揺れた。


「自分の好きな女が!今!別の男と!その男の部屋で!二人きりなんですよ!?」

「だから、別にいいんじゃねえの」


 自分が青子のことを好きだということを、緑間はあえて否定しなかった。


「はあ…!?いいわけが―」

「だってあいつは、」


 あいつの好きな奴は、昔から。



「青子は、静のことが好きだったんだからな」


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