九話 代償
――ぱきん。
乾いた音が、場違いに響いた。
鬼の肩が、崩れる。
歪む。
骨が鳴る。
内側から、押し出されるように。
裂ける。
腕が――
はみ出した。
増えたのではない。
形が、収まらなくなっている。
「……。」
ソウは動かない。
ただ、見る。
双角の顔が、わずかに上がる。
その目が――揺れた。
泣いているようにも見えた。
……そう見えただけかもしれない。
次の瞬間。
吼える。
「なんだ……あれは……。」
誰かが、呟く。
「見たことない……。」
足が、止まる。
間。
「……くそ……まだ――」
一人が、踏み込んだ。
届かない。
腕が来る。
一瞬。
胴が、ずれる。
音は、後から来た。
崩れる。
別の一人が、後ずさる。
一歩。
二歩。
踵が滑る。
背を向ける。
逃げる。
間に合わない。
届く。
倒れる。
それだけだった。
静かになる。
風の音だけが残る。
足は震えている。
それでも、立っていた。
一人だけ。
刀を握ったまま。
鬼は、見ている。
ずっと。
ソウだけを。
「……。」
刀を構える。
一歩。
踏み出す。
双角が動く。
速い。
多い。
腕が増えている。
いや――違う。
ズレている。
軌道が読めない。
来る。
受ける。
間に合わない。
掠める。
血が飛ぶ。
「……っ。」
踏みとどまる。
もう一撃。
逸らす。
遅れる。
肩を裂く。
距離を取る。
息を吐く。
「……早い、な。」
刀を、納める。
「おい……何して……。」
後ろの声。
答えない。
踏み込む。
一気に距離を潰す。
腕が来る。
受けない。
そのまま入る。
懐。
手を伸ばす。
触れる。
一瞬。
止まる。
音が。
風が。
鬼が。
崩れる。
遅れて、音が来る。
双角が、地に落ちる。
動かない。
静寂。
誰も、動かない。
そして。
鬼の体から、光が漏れる。
淡い、黄色。
だが――濃い。
「……。」
光が、集まる。
ソウへ。
逃げない。
逃げられない。
流れ込む。
重い。
深い。
沈む。
飲み込まれる。
何かが、頭を過ぎる。
血。
声。
暗い場所。
忘れられない景色。
「……俺、は。」
小さく、呟く。
「おい! しっかりしろ!」
声が、遠い。
景色が戻る。
思い出したかのように息を吸う。
立っている。
「……もう、大丈夫。」
誰にともなく言う。
「今の……なんだ……。」
震えるムジナの声。
「……さあ、ね。」
短く答える。
風が吹く。
血の匂いが、流れる。
腹の底で、何かが蠢いた。
コポコポと。
そんな風にソウは感じていた。




