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角を狩るモノ  作者: Samail
一章 角狩りの始まり

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十話 井上兵介

夜。


宿の一室。


灯りは小さい。

外は静かだった。


「……。」


猪口に酒を注ぐ。

少しだけ、手元が揺れる。


「……今日は助かった。礼を言わせてくれ。」


向かいに座る男が、低く言った。


「お前のおかげで生き残ることが出来た。ありがとう。」


男は頭を下げる。


ソウは首を振る。


「助かったのは、逃げなかったからだよ。」


「……すまない。」


男は苦く笑う。


「足が、震えちまってな。」


「……それは普通だよ。」


「普通、か。」


少し間。


「……井上兵介だ。」


ぽつりと名乗る。


「しがない浪人だがな。」


「ソウだよ。」


それだけ返す。

兵介は酒を一口飲んだ。


少しだけ、息を吐く。


「……あんなもの、初めて見た。」


「そうだろうね。」


「双角は見たことがあるが……あれは違う。」


ソウは何も言わない。


「……あんた、見たことあるか?」


「あんな異形なのは初めてだよ。」


「……そうか。」


兵介は小さく笑った。


「……怖くは、なかったのか。」


少しだけ、間。


「怖いよ。」


あっさりと答える。


「ただ、やらなきゃ、やられる。」


それだけだった。

また、酒を飲む。

静かだった。


「……俺は仕官を目指してる。」


兵介が言う。


「あんた程の腕があれば引く手数多だろうよ。」


ソウは即答する。


「興味ない。」


「……本気か。」


「うん。」


それから、少しだけ間。


「探してる奴がいるんだ。」


兵介が顔を上げる。


「左頬に大きな傷がある男。」


「……。」


それ以上は言わない。

兵介はしばらく黙っていた。


「……理由を聞いてもいいか?」


少し、間。


「……仇、だね。」


ソウは言う。

周りの温度が僅かに下がった気がした。


「……そうか。俺も全力で協力しよう。」


兵介は力強く言った。


「なに、この兵庫の町は人が集まる。人が集まる所には情報も、な。」


「……ありがとう。」


「それくらいで恩返しになるとは思っていない。

何かあればいつでも言ってきてくれ。」


ソウは猪口を傾ける。


「信用できるのか?」


肩辺りに隠れてるムジナがひっそりいう。


「たぶん、ね。」


静かな夜だった。

外で、風が鳴る。


「……なあ。」


兵介が言う。


「最後の、あの光。」


ソウは答えない。


「あれは、なんだ。」


少しだけ、間。


「さあ?俺も知りたい。」


嘘ではない。


「……そうか。あんた、苦しそうに見えたから。」


それだけだった。

酒が減っていく。

言葉も、減っていく。


やがて。


「町外れの寺に弥助坊って名前の坊主がいる。」


兵介が、ぽつりと。


「そいつは、坊さんになろうって言うのにえらく俗な奴でな。」


酒を飲む。


「金さえ積めば何でも教えてくれるって話だ。」


「口入れ屋、ってこと?」


「そんな大層なもんじゃねぇがな。」


兵介は、懐から一枚の木札を差し出す。


「……もし当たってみて駄目そうならこれを見せろ。」


ソウはそれを持ち上げる。


「わかった。」


夜が深まる。


懐に仕舞った木札の重みが、少し心地よかった。

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