十一話 雨の記憶
町外れ。
少しだけ高い場所にある寺。
石段が続き、上がるほどに人の気配が薄れていく。
風が抜ける。
下を見れば、墓が並んでいるのが分かった。
「……いい場所だな。」
「隠れるにはな。」
肩の上で、ムジナが小さく言う。
石段を上がりきる。
境内は広くはない。
静かだった。
箒の音だけが響いている。
掃いている男が一人。
坊主だ。
「弥助坊って人、いる?」
声をかける。
男が手を止め、顔を上げた。
柔和な顔。
穏やかな笑み。
「私ですが、何か?」
ソウは少しだけ見る。
「人を探してる。」
「さて……何の話でしょう。」
変わらない声。
「口入れ屋だろ?」
「さあ……。」
わずかな間。
ソウは懐から木札を出した。
男の手が止まる。
視線が落ちる。
「……。」
一拍。
「……なんだよ、持ってんなら先に出せよ。」
顔が変わる。
笑みは残っているが、質が違う。
「……生臭いな。」
ムジナが小さく呟く。
「で?誰だ。」
「名前は分からない。左頬に大きな傷がある男。」
弥助坊は少しだけ考える。
視線が、わずかに細くなる。
「……あんた、噂の角狩りだろ。」
なぶる様な笑み。
「いいねぇ。」
口の端が上がる。
「五百文だ。」
ソウは懐に手を入れる。
束を取り出し、そのまま差し出す。
ジャラ、と音が鳴る。
弥助坊の眉が、わずかに動いた。
「顔色ひとつ変えねぇか。もう少し吹っかけりゃよかったな。」
「どれくらいかかる?」
「三日……いや、四日だな。」
少し考える。
「四日後、申の刻。」
顎で下を指す。
「下の墓地だ。あそこなら人も来ねぇ。」
「分かった。」
弥助坊は銭を掴み、懐へ入れる。
「へへ、毎度あり。角狩り。」
ソウはそれ以上言わず、踵を返した。
石段を下りる。
墓の脇を通る。
風が鳴る。
ムジナが顔を出す。
「……どうだ?」
「雰囲気はあったよね。」
「信用していいのか?」
「さあ?」
それだけだった。
町へ戻る。
喧騒。
人の声。
日常が、そこにある。
宿に戻る。
部屋は静かだった。
腰を下ろす。
息を吐く。
刀に、触れる。
冷たい。
「……。」
外で、風が鳴る。
音が、どこかで重なる。
違う。
これは――
血の匂い。
雨の音。
混ざる。
『鬼になるぞ。』
声。
目の前に、倒れている人影。
雨が降っていた。




