十二話 父と刀
山に入ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
風が抜けていた。
葉が擦れる音が、やけに近い。
「なあ、もう帰ろうぜ。」
後ろから声がした。
振り返ると、良太が立っている。
少しだけ、顔が強張っていた。
「大丈夫だよ。」
そう言って、腰に手をやる。
「刀も持ってきてるし。」
練習用の刀。
刃はついていない。
「それ、意味あるのかよ……。」
「ないよりは、ね。」
それだけ言って、前に出る。
木の実が見えた。
手を伸ばす。
ぱき、と音がした。
止まる。
良太も、動いていない。
「……今の、なんだ。」
振り向く。
いた。
人の形をしている。
でも、それだけだった。
角があった。
一本。
良太が、後ろに下がる。
「蒼太……。」
動いた。
速い。
来る。
「下がって。」
前に出る。
刀を抜く。
振る。
軽い。
通らない。
弾かれる。
手が痺れる。
もう一度。
斬る。
浅い。
止まらない。
距離が詰まる。
良太が、転んだ。
間に入る。
来る。
「……走れ。」
一拍。
「父上を呼んで来て!」
「……っ、わかった!」
走っていく音がした。
枝を払う音。
足を取られる音。
それでも、遠ざかっていく。
一人になる。
深く呼吸する。
来る。
避けきれない。
刀で受ける。
受けきれない。
後ろへ飛ばされる。
「……。」
刀を強く握り直す。
鬼が笑った。
そんな気がした。
どれほど時間が経ったか。
半刻は経ったか。
運良く死なずにすんでいる。
対峙する中、わかったこともある。
こいつ、遊んでいる。
正眼に構える。
呼吸を整える。
鬼が迫る。
右腕を振りかぶる。
一歩下がる。
鬼が腕を振り下ろす。
そこに一太刀。
斬れない。
刀を鬼に掴まれる。
強い。
そのまま振り回されて、
刀を離してしまう。
鬼はそのまま刀を投げ捨てる。
まずい。
「がぁぁあっ!!!」
咆哮。
瞬間、鬼が駆ける。
こちらに。
踏み込んでかわす。
鬼の腕を。
右手を鬼に突き出す。
触れる。
音が消えた。
動きが止まる。
崩れる。
静かだった。
黄色い光が浮いた。
近い。
避けられない。
流れ込んできた。
重い。
熱い。
息が詰まる。
「……何をしている。」
声がした。
振り向く。
父上が立っていた。
いつからいたのかは分からない。
雨が降っていた。
「……それは、いかん。」
静かな声だった。
「鬼になるぞ。」
何も言えなかった。
雨の音だけが残る。
「……刀を使え。」
近づいてくる。
「受けるな。」
足元に落ちた刀を見る。
「持て。」
手が動かない。
「……刀で斬れ。」
言葉だけが残った。
雨が、降り続いていた。




