八十七話 人の強さ
鬼が嗤う。
月明かりの下。
三本の角が妖しく光った。
「五百年。」
低い声が山へ響く。
「長かったぞ。」
ソウは黙って天穿を構える。
鬼はゆっくりと刀を見る。
「それは……。」
口元が歪む。
「天児か。」
一歩。
また一歩。
地面が沈む。
「懐かしい。」
「それを使っている限り。」
鬼は嗤った。
「お前は弱い。」
その姿が消えた。
「っ!」
轟音。
拳が振り抜かれる。
ソウは咄嗟に天穿を差し込む。
――ドォンッ!!
衝撃。
身体が吹き飛ぶ。
何本もの木を折りながら地面を転がった。
「ぐっ……!」
肺の空気が一気に吐き出される。
立ち上がる。
「ソウ!!」
ミコトが叫ぶ。
その瞬間にはもう目の前だった。
拳。
肘。
蹴り。
一撃一撃が山を揺らす。
ソウは受ける。
流す。
躱す。
天穿が何度も火花を散らした。
「鬼の力さえ使えぬのだろう。」
拳が振り下ろされる。
ソウは横へ跳ぶ。
地面が砕けた。
岩が宙へ舞う。
「だから刀など振るう。」
鬼が嗤う。
「弱い。」
ソウは息を整える。
間合いへ踏み込む。
横薙ぎ。
鬼は片手で受け止めた。
ギィィン。
刃が赤い腕へ食い込む。
だが。
止まる。
「浅い。」
鬼が腕を振る。
ソウの身体が弾き飛ばされる。
受け身。
すぐに立つ。
鬼は言う。
「人は。」
「武器がなければ戦えぬ。」
「だから弱い。」
「鬼は違う。」
拳を握る。
「この身体こそ武器。」
「それで斬るより。」
拳が唸る。
「殴る方が早い。」
ソウは拳を受け流す。
腕が痺れる。
それでも目を離さない。
「……やっと分かった。」
鬼が足を止めた。
「何。」
ソウは静かに息を吐く。
「なんで。」
「天穿を持っていたあんたが。」
「鬼に堕ちたのか。」
鬼は鼻で笑う。
「力だ。」
「強さだ。」
「それ以外に何がある。」
ソウは首を横へ振る。
「違うな。」
鬼の笑みが少しだけ消えた。
ソウは一歩踏み出す。
「成れなかったんだろ。」
「刀に。」
沈黙。
風が、吹く。
鬼は初めてソウを真っ直ぐ見た。
「……小僧。」
ソウは天穿を握り直す。
「父上が言ってた。」
「鬼になるな。」
「刀を振れ。」
「刀になれ。」
「でも、あんたは。」
「刀じゃなく。」
「鬼になった。」
鬼の額に青筋が浮かぶ。
「黙れ。」
初めて感情が乗った声だった。
ソウは構えを崩さない。
「あんたは堕ちたんじゃない。」
「選んだ。」
「鬼になることを。」
鬼が地を蹴る。
今までとは比べものにならない速度。
「だからどうした!!」
拳が迫る。
ソウは静かに天穿を構えた。
「見せてやるよ。人の強さ。」




